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ショートショート11月〜4回目

靴下

作者: たかさば
掲載日:2023/11/22

「…あの、これ、お父様がずっと持っていらして」

「……靴下?あ、これ、母のですね」


父親の上着のポケットから、母親の靴下が出てきた。

……どうやら、洗濯をした時に紛れ込んでいたようだ。


母親が靴下が無くなったと騒いでいたのは、一ヶ月以上も前のことだ。

……一ヶ月以上も父親は、母親の靴下を隠し持っていたらしい。


そういえば、ここ最近、上着のポケットにずっと…手を入れていた気もする。

……見つかって取り上げられないよう、気を使っていたのかもしれない。


ただの、手持無沙汰で、もてあそんでいただけなのか。

なにか、思うところがあって、握りしめていたのか。


母親の靴下を持ち続けていた理由とは、いったい……?


「・・・さあ?」

「なんか、入っとったんだわ」

「俺のでは、ないな」

「別に・・・欲しいわけでは」


ずいぶんボンヤリするようになった父親に理由を聞いてみるも、回答らしいものは返ってこなかった。


……もともと、父親と母親は、ほとんど口をきかない夫婦だった。

愛情など、微塵も存在していない夫婦なのだと思っていた。


親の言う事を聞いて、見合いをして。

好きでもない、好きになるはずもない相手と、結婚をして。


毎日規則正しく働いて、休みの日は一人で出かけた父親。

毎日規則正しく家事をして、極力父親と話さないよう努めた母親。


お互い妥協せず、すり寄る事もなく。

お互い我関せず、知ろうともせず。


50年以上、大きないざこざを一切起こさずに暮らしてきた。

ただ同居し続けただけの、関係性。


……モノ言わぬ靴下を撫でながら、父親は、おそらく。


文句ひとつ言わずに家事をしていた時代の母親を、思い出していたのではないか。

黙って夕食を出し、黙って洗濯済みの服を用意していた母親の姿を、思い出していたのではないか。


年老いて、明らかに弱体化した父親を見て…母親はここぞとばかりに、口を開いた。


今まで口を噤んできた思い。

今まで溜めにため込んできた不満。

今まで一切父親に見せてこなかった怒り。

今まで胸の内にしまい込んできたすべての感情。


一方的に攻撃的な言葉を吐くようになった、母親。

ただただ暴言を聞き流すことに努めた、父親。


……父親は、老いて、母親との距離を縮めようとしていたように思う。

だからこそ、耳を覆いたくなるような言葉を聞いても…一切反論をしなかったのだろう。


しかし、距離は縮まる事はなかった。


何をしても、何もしなくても。

何を言っても、何も言わなくても。

母親は、父親が目に入るたびに、感情を爆発させた。


極力、同じ空間に居合わせないように。

極力、姿を確認できないように。

周りが頭を使って、ようやくそれなりの生活が送れるような状況下…。


何もできないからこそ、母親の靴下を握りしめたのだろう。

何もできなかったからこそ、母親の靴下を握りしめる事しかできなかったのだろう。


母親の靴下を、デイサービスで握りしめ続けていた……父親。


……少なくとも。

どれほどきれいに洗濯されていても、父親の衣類を一切触ろうとしない母親よりは。


わかり合いたいと思う、気持ちが。

愛情の仄かな欠片のような、ものが。


父親には、あるように……感じたのだった。





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