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ショートショート11月〜4回目

靴下

作者: たかさば

「…あの、これ、お父様がずっと持っていらして」

「……靴下?あ、これ、母のですね」


父親の上着のポケットから、母親の靴下が出てきた。

……どうやら、洗濯をした時に紛れ込んでいたようだ。


母親が靴下が無くなったと騒いでいたのは、一ヶ月以上も前のことだ。

……一ヶ月以上も父親は、母親の靴下を隠し持っていたらしい。


そういえば、ここ最近、上着のポケットにずっと…手を入れていた気もする。

……見つかって取り上げられないよう、気を使っていたのかもしれない。


ただの、手持無沙汰で、もてあそんでいただけなのか。

なにか、思うところがあって、握りしめていたのか。


母親の靴下を持ち続けていた理由とは、いったい……?


「・・・さあ?」

「なんか、入っとったんだわ」

「俺のでは、ないな」

「別に・・・欲しいわけでは」


ずいぶんボンヤリするようになった父親に理由を聞いてみるも、回答らしいものは返ってこなかった。


……もともと、父親と母親は、ほとんど口をきかない夫婦だった。

愛情など、微塵も存在していない夫婦なのだと思っていた。


親の言う事を聞いて、見合いをして。

好きでもない、好きになるはずもない相手と、結婚をして。


毎日規則正しく働いて、休みの日は一人で出かけた父親。

毎日規則正しく家事をして、極力父親と話さないよう努めた母親。


お互い妥協せず、すり寄る事もなく。

お互い我関せず、知ろうともせず。


50年以上、大きないざこざを一切起こさずに暮らしてきた。

ただ同居し続けただけの、関係性。


……モノ言わぬ靴下を撫でながら、父親は、おそらく。


文句ひとつ言わずに家事をしていた時代の母親を、思い出していたのではないか。

黙って夕食を出し、黙って洗濯済みの服を用意していた母親の姿を、思い出していたのではないか。


年老いて、明らかに弱体化した父親を見て…母親はここぞとばかりに、口を開いた。


今まで口を噤んできた思い。

今まで溜めにため込んできた不満。

今まで一切父親に見せてこなかった怒り。

今まで胸の内にしまい込んできたすべての感情。


一方的に攻撃的な言葉を吐くようになった、母親。

ただただ暴言を聞き流すことに努めた、父親。


……父親は、老いて、母親との距離を縮めようとしていたように思う。

だからこそ、耳を覆いたくなるような言葉を聞いても…一切反論をしなかったのだろう。


しかし、距離は縮まる事はなかった。


何をしても、何もしなくても。

何を言っても、何も言わなくても。

母親は、父親が目に入るたびに、感情を爆発させた。


極力、同じ空間に居合わせないように。

極力、姿を確認できないように。

周りが頭を使って、ようやくそれなりの生活が送れるような状況下…。


何もできないからこそ、母親の靴下を握りしめたのだろう。

何もできなかったからこそ、母親の靴下を握りしめる事しかできなかったのだろう。


母親の靴下を、デイサービスで握りしめ続けていた……父親。


……少なくとも。

どれほどきれいに洗濯されていても、父親の衣類を一切触ろうとしない母親よりは。


わかり合いたいと思う、気持ちが。

愛情の仄かな欠片のような、ものが。


父親には、あるように……感じたのだった。





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