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8 アレンはしびれたままの手を押さえる。

アレンはしびれたままの手を押さえる。


「な、何だ今のは……」


呆然と呟きながら、それでも慌てて落ちたペンを拾う。そして、再度婚姻証書に名を書こうとした。

が、再度、電撃のようなものに打たれ、またもやペンが転がった。


「何だこれは、どういうことだ……っ!?」


聖堂内がざわつき始めた。

アレンは大神官を睨みつける。


「大神官っ!お前が、何かの細工をしたのかっ!?」

「違います。今の反発は、これは……」


大神官が首を横に振る。


「これは……、アレン様、貴方は……まさか、既に誰かと、」


大神官の震える声。その声に被せるように、シアレーゼは息を吸い、思いきり大きな声を上げた。


「古き婚約を破棄せねば、新しき婚姻は結べません。我が国の法と、神殿の光魔法によって、そう定められております」


シアレーゼは真っすぐに顔を上げ、アレン達が今歩いたばかりの赤の絨毯の上へと進んだ。そのまま国王や王妃の方角に向かいすっと頭を下げる。


「……勇者アレンとわたしとの婚約を、破棄するためにやって参りました。発言をお許しいただけますでしょうか?」


ざわざわと、大聖堂内にざわめきが生じた。

国王は眉を顰めながらもシアレーゼを見る。


「許す。お前は今、婚約を破棄、と言ったな?」

「はい。勇者アレンはわたしとの婚約を破棄せぬまま、この場に臨みました。今この場にいらっしゃる皆様が目撃しました通り、わたしとの古い婚約を破棄せねば、王女殿下との婚姻は結べません。教会の光魔道が反発を起こしますから」


頭を下げたまま、それでもシアレーゼははっきりと告げた。

国王はちらりと大神官に目配せをする。大神官は、シアレーゼの言葉が真実だと頷いた。


「……顔を上げよ。そして名を名乗れ」


シアレーゼがゆっくりと顔を上げる間に、クロムがシアレーゼの横に飛び出すようにしてやって来た。それから落ち着いた足取りで、エメラルダも。


「クロムお従兄様……。エメラルダお従姉様……」


クロムは「気持ちは分かるけれど、一人だけで片をつけようとするな」とばかりに苦笑して、それから国王に一礼をした。


「グボーツオーツ伯爵家当主が弟、クロム・グボーツオーツと申します。これは我が分家の娘、シアレーゼ・ライトオーツです。この通り、我がグボーツオーツ家の総意を以て、勇者アレンとシアレーゼの婚約の破棄の意志をここに示させていただきます」


クロムは手にしていた婚約証明書を掲げ、それをそのまま真っ二つに裂いた。


ビリビリという音が聖堂内に響く。


シアレーゼは無表情に、破られた婚約証書を冷めた目で見る。そして、アレンに向かって淡々と告げた。


「七年前、アレン様からいただいた婚約指輪はお返しします」

「シア、レーゼ……」


抜き取った婚約指輪を、シアレーゼは思い切りアレンに投げつけた。綺麗な放物線を描き、投げられた指輪は、アレンの足元に転がった。


「もう要らない。アレン様、貴方から受け取ったものは、全て貴方にお返しいたします」


シアレーゼはアレンを睨みつける。


要らない。何もかも。婚約指輪も愛も笑顔も……呪いさえ。

全て全て、貴方に返す。


「シアレーゼ……俺は……」

「言い訳は結構。貴方はわたしを放置して、婚約を破棄する手間すらかけなかった。王女様と婚姻を結んでしまえば、わたしが何も言わずに身を引くと思ったのでしょう?」

「ち、違う……っ!」

「ではどんなおつもりで?」

「う……っ」


答えられないアレンに代わるかのようにシアレーゼが一歩前に進んだ。


「アレン様。貴方はわたしに何も言わなかった。わたしと結婚をするとも、わたしとの婚約を無くすとも……。だから、考えたのですよ。貴方が何を思って、わたしとの婚約を破棄も解消もしないまま、王女様と婚姻を結ぼうとしたのかと」


シアレーゼは一旦言葉を止めた。強く強く、アレンを睨む。


「魔王を討伐した勇者様が苦楽を共にした王女様と結ばれる。美しいストーリーですわね。だけど、つい先日までは、勇者様は魔王の呪いにかかり、回復の見込みもなかった。であれば、王女様との婚姻は無理となる。……わたしは、アレン様が第三王女殿下と婚姻を結べなかった時の予備だったのでしょう?だから、そのまま何もかも保留にしていたのですね」


アレンは目を逸らした。それが答えだと、シアレーゼは思った。


「魔王を倒した末に、その魔王から呪われた勇者を死ぬまで献身的に支える婚約者の娘。それがわたしの役どころだったのでしょう。だけど、勇者様にかけられた呪いは……何故かいきなりなくなった。で、あればもう、婚約者の娘は必要ない。まず先に王女様との婚姻を結んでしまおう。婚約者の娘など、些末であるし、あとからでもどうとでもなる。自分はこの世界を魔王から救った勇者なのだから。……アレン様はそんなふうにお考えになったのでしょう?違いますか?」

「う……」


アレンの顔色は青かった。


「ですが、わたしと勇者様が七年前に結んだ婚約は、教会の祝福を受けた正式なもの。解消も破棄もせずに、王女様と婚姻を結ぼうとすれば……今のように反発が起きる。魔王討伐に明け暮れていらっしゃった勇者様は、そのような婚姻の常識もご存じなかったのですね……」


冷めたシアレーゼの物言いに、アレンはシアレーゼを睨みつける。


「魔王討伐に明け暮れて何が悪いっ!そのおかげでお前たちは今、平和を享受しているのだろうがっ!」


自分のおかげで世の中は平和になった。魔王の脅威も去った。そう、アレンは主張した。


(……ならば、何もかも、ご自分の思い通りにしていいとでも言いたいの?アレン様は)


シアレーゼの心はますます冷えて行った。どうして七年もの間こんな男を思い続けていたのか。


「別に悪いとは言いませんわ。王女様との婚姻も別にわたしはもう何とも思いません。ただ、物事には順番というものがございます。わたしとの婚約を破棄し、その後王女様と婚姻を結ぶ。それが決まりというもの。勇者様がわたしとの婚約など後回しにすればよいと思われても、それは通じません」


シアレーゼは転がったペンに視線を促した。アレンもそれを見て、しびれたままの腕をぎゅっとさらに強く掴んだ。


「……まあ、それももう、どうでもいいことです。婚約証書は破りました。婚約指輪もお返ししました。今後わたしとアレン様は一切無関係です。どうぞ、王女様とお幸せに」


シアレーゼはアレンに背を向けた。


「さようならアレン様」


シアレーゼが背を向けるのと同時に、アレンがその場に崩れ落ちた。


魔王の呪いが、シアレーゼからアレンに完全に戻ったのだ。


それが分かっていても、シアレーゼが振り返ることはなかった。

背を向け、そのまま大聖堂から出ていった。




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