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6 アレンの呪いを引き受けてから更に十日が経っていた。

アレンの呪いを引き受けてから更に十日が経っていた。


「シアレーゼ、具合はどう?」

「クロムお従兄様。そうね、だいぶいいわ、ありがとう」

シアレーゼはゆっくりとなら、立って歩くこともできるようになった。


「解呪が進んだわけじゃなくて、呪いの進行を抑えた上で、痛みを麻痺させているだけだからね。無理はしないこと」

「わかっています」


体が感じる痛みやだるさ、吐き気などを取り除き、しっかりと食べて眠る。そうすれば、全快は無理でも、体はある程度なら回復する。


「……まあ、わかっているならいいよ。だけど、もう少ししたら、ちょっとシアレーゼに無理をさせるかも」

「無理ですか?呪詛の強制解除?」

「さすがに魔王が死して掛けた呪詛を強制解除はできないよ。そうじゃなくて……今日、王宮のほうから招待状が届いたんだ」

「招待状?」

「ああ……。瀕死の重傷を負った勇者の体が回復したので、討伐達成の褒賞の儀だとか貴族を王城に招いての祝賀パーティだとかを行うそうだ。国中の貴族に招待状が配布されて、グボーツオーツ家にも来たよ。多分シアレーゼのライトオーツ家にも届いているんじゃないいかな」

「まあっ!」


シアレーゼの顔がキラキラと輝いた。


「アレン様の褒賞ですか!?わたしもお祝いに行きたいですっ!パーティの招待状はお母様宛てかしら?でもわたしも参加できますよね。だって、勇者アレンの婚約者ですものわたしっ!」

「……シアレーゼ。アレンから婚約破棄の通達は……来たりしていない?」

「ひどいですクロム兄様、何を言うんですか!婚約を破棄なんて、するわけないじゃないですか……っ!」


シアレーゼはクロムを睨んだ。


「褒賞の儀に祝賀パーティ。それから……その次の日にね、勇者アレンと聖女である第三王女の結婚式を行うんだそうだ。場所は王都の大聖堂」

「……え?」


クロムの言葉が、シアレーゼには理解できなかった。


「誰と、誰の結婚……ですか?」

「アレンと、第三王女キャサリエナ様」

「うそ……」


シアレーゼは呆然とクロムを見つめた。クロムが上着のポケットから招待状を取り出した。シアレーゼはそれを無言で受け取る。


確かにそこには褒賞の儀と祝賀パーティ開催の日時や場所、そして、勇者アレンと王女キャサリエナの婚姻の儀が王都の大聖堂で行われる旨が記載されてあった。


どうして?という言葉だけが、シアレーゼの頭の中にぐるぐると回った。


(アレン様とわたしが婚約を結んでいるのに。何故、アレン様は王女様と結婚するの?)


これは何かの間違いか、嘘だと思いたかった。

けれど、何度見ても招待状の文言は変わらず、クロムも「嘘じゃない」とため息を吐く。


「……魔王討伐の旅の中で、愛を深めた二人だってさ。今、王都ではその噂で持ち切りだ」

「嘘です。だってそんなのおかしいわ。アレン様はわたしと婚約を結んでいるのよ?口約束なんかじゃないわ。教会の司祭様の前で正式に婚約契約を結び、祝福を受けたもの。その契約書だってきちんと教会に保管されているはずよ。婚約指輪の交換だって……」

「ああ、していたね。シアレーゼが十歳の時だった……」

「アレン様が魔王討伐の旅に出る前に約束したわ。無事に帰ってきたらすぐに結婚式を挙げようって……」

「だけど……」

「だけど、何?」


シアレーゼはクロムを睨んだ。悪いのはクロムではないのは分かっている。だけど、やるせない気持ちをどうしたらいいのかわからなかった。


「……魔王討伐の旅の中で、勇者と王女が恋仲になったのは仕方がないんじゃないか?」

「そ、そんな……」

「命がけの旅で。お互いを支え合っているうちに恋に発展して、それでアレンはシアレーゼという婚約者のことを忘れていった……」

「忘れた?そんなはずないわっ!だって、わたし、アレン様のお見舞いに行った時にきちんと言ったわっ!体が治ったらわたしたちの、結婚式を挙げましょうねって……」

「……じゃあ、アレンが意図的に、シアレーゼを無視、しているのかもね……」


クロムの言葉が針のようにシアレーゼの心臓に突き刺さった。

無視。

アレンは、シアレーゼとの婚約を忘れたのではなく……無かったものとして、そのまま破棄の手続きすらせずに、放置しておくつもりなのか。


そんなこと、信じたくなかった。

もしも、離れている間に心を移したのなら。誠実に謝罪して、婚約を解消くらいしてくれるはずだ。


「それにね、七年も離れたままの相手を、ずっと大事に想えるのかい?」

「わ、わたし、は……」

「ああ。シアレーゼはね、ずっとアレンのことを思っていたよね。毎日毎日無事を祈って、手紙もまめに書いた。だけど、返事は来たかい?」

「と、届いて、いない、だけなの、かも……」


そう言いつつも、シアレーゼは俯いた。手をぎゅっと握る。


七年は、長い。


魔王討伐の旅にアレンが出たのはシアレーゼが十歳の頃。

そして、今シアレーゼは十七となった。


そんな長い期間、アレンは第三王女や他の魔王討伐の仲間と支え合って、そして魔王を倒すという偉業を成した。


苦難の道のりを、共に歩んだ美しい王女。そんな王女から恋心を向けられたら?


(わたしなど、婚約を破棄することすら忘れるほどに……アレン様の中では軽い存在になってしまったの?)


胸がずきんと痛んだ。


「……だから、婚約指輪をしていなかったのかしら。なくなったのなら新しいものを、と言ったのに要らないとアレン様が仰ったのは……。呪詛に苛まれたお体で、長く生きられないからと思ったのではなく……わたしからの婚約指輪を、受け取りたくなかったからなのかしら……。だけど、第三王女様と婚姻を結ぶなら、あの時に、わたしとの婚約を無くして欲しいと言ってくださればよかったのに……。そうしたらわたしだって……。ううん、でも……」


けれど、クロムの言葉は本当ではないかもしれない。

王女から結婚を迫られ、アレンは断り切れなかっただけかもしれない。

魔王からの呪いのために、真っ当な判断が出来なかっただけなのかもしれない。


シアレーゼはアレンからもらった婚約指輪ごと、自分の左手をぎゅっと握りしめた。


アレンと婚約を結んだ時の、そして、魔王討伐に向かったアレンがシアレーゼに向かって「討伐を果たしたら結婚しよう」と言ってくれた時のアレンを……シアレーゼは信じたかった。


(信じたい。だけど、わからない。アレン様が本当は何を思っていらっしゃるのか……。王女様と婚姻を結ぶなら、わたしに婚約破棄を申し出るはずでしょう?なのに、先日お会いした時も、そんなことは一言も言ってはいなかったわ。招待状には勇者アレン様と第三王女様の結婚と書いてあるけれど……わたしとの婚約を結んだまま、王女様と結婚なんて、できるはずはないじゃない。だって、二重の婚姻なんて、無理だわ。法律にだって反しているし、そもそも司祭様の光魔法でわたしとアレン様の婚約は強固に結ばれているのに……それとも、祝賀パーティまでの間に、アレン様から婚約破棄を言いつけられるのかしら?)


確かめなければ……と、シアレーゼは思った。


強張る頬を、ぴしゃりと掌で軽く叩く。そうして、顔を上げて、クロムを見た。


「……クロムお従兄様。お願いです。わたしを婚姻の儀に参列させて下さい」

「シアレーゼ……?どうする気だ?」

「まずアレン様の気持ちを確かめます。直接聞かなければアレン様のお考えは分からないわ」

「シアレーゼ……」

「わたしを選んでくれるのならば、すぐにでもわたしアレン様と結婚をします。だけど、そうでないのなら……」


シアレーゼの瞳は期待と不安で揺れていた。




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