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4 「アレン様の、ご容態は……」

「アレン様の、ご容態は……」


シアレーゼは震える声で、フォアサード伯爵に尋ねた。


「手紙で知らせた通りだ。シアレーゼ嬢、アレンに……会ってもらえるだろうか」


唇を噛みしめながら俯くフォアサード伯爵。

涙と嗚咽をハンカチで押さえたアレンの母。


「……は、はいっ!」


使用人に先導され、シアレーゼはフォアサード伯爵と共にアレンの部屋に赴いだ。シアレーゼは神に祈るように、胸の前で固く手を握っている。その指には、アレンからもらった婚約指輪が輝いていた。


婚約を結んだ時には大きすぎて、チェーンを通して首から下げていた指輪は、今ではシアレーゼの細い指にぴったりとはまっていた。


アレンの部屋の前で使用人が足を止める。その後をついてきたシアレーゼも同様に。

そして、使用人が部屋の扉をノックした。

が、「入れ」とも「入るな」とも、部屋の中からは返事はない。


「アレン様。シアレーゼ様がお見えです」


返事が無いのはいつものことなのか、使用人がゆっくりと扉を開く。


シアレーゼは部屋の窓側に置かれたベッドに横たわったままのアレンを見る。

婚約した時はまだ少年だったアレンは、勇者となり、がっしりとした体格の青年となっていた。その姿をシアレーゼは初めて見た。


(幼いころの面影は……ないわね……。いいえ、髪の色はおなじ。太陽のように明るい赤だわ……)


だが、アレンの表情は幼少の頃とは全く異なっていた。

きらきらと輝いていた瞳はどんよりと濁り、生気など欠片も感じられない。


ベッドに横たわっていたアレンは、気だるげに目を細めてシアレーゼを見て、そしてふいと視線を逸らした。


シアレーゼはこわごわとアレンに近寄る。一歩一歩、近づくたびにアレンの体から、腐敗したような臭いが強くなる。

首や胸元、腕に巻かれている包帯も、うっすらと茶色ににじんでいた。


「お怪我は……痛みますか?」


アレンのベッドの横に膝を突いて、シアレーゼはそっとアレンに手を伸ばした。だが、アレンはシアレーゼの手を拒絶した。


「……止めろ、汚いから」

「汚くなんてありません。アレン様は国を、世界を……救ってくださった立派な勇者様です。わたし……ずっとずっと、アレン様がご無事でお帰りになるのを、待っていました!」


シアレーゼはアレンの左手にそっと触れた。今度はアレンもその手を拒まなかった。……拒むことすら、億劫だったのだ。


慈しみように、温めるように、アレンの左手を包み……そしてシアレーゼは、アレンの左の指に、何も嵌められていないのに気がついた。


「わたしが贈った婚約指輪は……つけていて下さらないのですか?治療の邪魔になるからと、はずしてしまわれたのでしょうか……。それとも、チェーンをつけたまま、ですか?」


シアレーゼはアレンの首元を見る。そこにはチェーンは下げられてはいなかった。アレンは口を結んだまま、答えない。


「……魔王討伐の折に……壊れてしまいましたか?」


やはりアレンは答えない。ただ一瞬、ぴくりと指が震えた。


「もしかしたら、わたしからの婚約指輪がアレン様の御身を守って、身代わりになって壊れたのでしょうか?もしそうなら、嬉しいわ。わたしからの指輪がアレン様を守り、そしてアレン様をわたしのもとに帰してくださったみたいですもの」


シアレーゼがアレンに向かってぎこちなく微笑む。気にしなくてもいいという代わりに。


「婚約指輪はまた贈らせてくださいませ」

「……要らない」

「何故です?わたしたちは婚約をしておりますのよ?ほら見てください。わたしの指には、この婚約指輪は今ぴったりと……」

「要らないと言っただろうっ!」


アレンの大声に、シアレーゼはびくりと体を震わせた。アレンは「はっ」と息を吐く。


「こんな体で、婚約だの結婚だの……。呪いは、解けない。一生、俺はこのままだ……。何でだよ……。俺は魔王を倒した勇者なのに……、何でこんな目に遭うんだ……」


ブツブツと呟いた後で、アレンは毛布を被ろうとして……、シアレーゼはアレンのその手を止めた。


「いいえ。アレン様は回復なさいます。大丈夫です。わたしを信じてください」


シアレーゼは掴んだアレンの手にそっと唇を寄せた。それからアレンにも聞こえないくらいの小さな声で、何かを呟いた。


「放せよ……、同情は要らない」


シアレーゼはにっこり笑うと、そっとアレンから体を離した。


「今日はまだお疲れでしょうから、これで失礼しますわ。ですが……信じてください。アレン様はすぐに元通りのお体に戻るということを。お元気を取り戻されましたら、離れていた間のお話をたくさんたくさん致しましょう。昔のように、手を繋いで教会に参りましょう。そうして……わたしたちの、結婚式を挙げましょうね。わたし、ずっと楽しみに待っていたんです」


淑女の礼をとり、シアレーゼはフォアサードの部屋から辞した。


シアレーゼが部屋を出た途端に、何故だかアレンは体が軽くなったことを感じた。






お読みいただきましてありがとうございます!

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