あたためすぎた想いを。
下校時間を告げるチャイムが鳴った。マシになってきたとはいえ、陽が落ちてくると空気は冷たい。いいかげん、一人反省会は切り上げて帰ろう。続きは家でもできるし。
「はあ……」
ため息と一緒に、お気に入りの髪留めを軽く撫でる。重い体を無理やり動かしてのろのろと荷物をまとめはじめた。出しっぱなしのノートを入れ、筆箱を押し込んで、机の中を漁れば小ぶりな包みが一つ。意識的に避けていたそれを見つけて、ため息はいっそう深く、体は重たくなった。かわいらしいラッピングが憎い。
「なにかあった?」
……なんて聞いてくれる友だちも、今日に限ってはいない。彼氏と約束があるからと、さっさと帰っていったから。薄情に思えるけれど、きっと彼女と同じ立場なら私もそうした。市販のものを溶かして固め直したチョコを手づくりだと謳って渡して、今ごろはしっぽりよろしくやっていることだろう。どうしてわかるかってそれは、私はそのつもりだったもん。
「……帰ろ」
誰もいない教室で、ふと彼の席を見つめる。運動神経がいいのに帰宅部で、成績もいいのになぜだか現文だけは苦手な彼。普段ろくに話さないのに試験前だけ都合よく頭を下げてくる彼。そんな彼が私にだけ見せる困った顔がかわいくて、国語だけはがんばるようになった。
「これ、どうしようかな」
渡しそびれた包みを揺らす。こっそり彼の机に入れておこうか。バレンタインは過ぎてしまうけれど、自分で食べるのはみじめすぎて立ち直れそうにない。意を決して彼の机を覗く。中には教科書がぎっしり詰まっていた。入りきらずに頭がはみ出したプリントには、堂々とした字で宮田修司と書いてある。彼の名前すらはみ出す机の、いったいどこに入れろというのだろう。私は肩を落とす。
「あーあ、なんで――」
こんなことなら唐突でも勢いでも便乗でも、なんでもいいから渡しておけばよかった。そっと触れた彼の机はひんやり冷たい。
そもそもどうして彼の方から声をかけてくれなかったのだろう。今日は何度か目も合っているのに。何の日かだってわかっているはずなのに。そう思うとなんだかちょっぴり憎たらしくなって、八つ当たりだってわかっているけれど、つま先で机の足を軽く小突いた。
「あれ、南野」
背後からの声に心臓が飛び出すかと思った。振り返ればとっくに帰ったはずの彼が、宮田修司が立っていた。
「宮田、なんで……?」
「何してんの?」
「えっと、なにも?」
「俺の机、蹴ってたよね」
「あ、違くて……」
現行犯なので違わない。やばい。疑わしげな視線が痛い。タイミングが最悪すぎる。飛び出しかけた心臓がばくばくと暴れている。慌てる私を見た彼は一つ息を吐くと、いたずらっぽく笑って話しはじめた。
「俺、何してたと思う? こんな時間までさ」
「え?」
パニックになった頭に聞かれても、まともな答えが返せるはずもなく。私はやっぱりおろおろとすることしかできなかった。宮田は笑って続けた。
「南野を待ってたの。今日何回も目が合ったし、もしかしてと思ってさ」
目が合ったこと、意識してくれていたこと。うれしくなって、すこしだけ正気を取り戻した。そういえば彼の頬は真っ赤で、すこし震えていて、見るからに寒そうだ。
「寒いし、南野は来ないし、入れ違いになったんじゃないかって戻ってきたんだけど、さ」
いつの間にか宮田は手を伸ばせば届く距離にいた。バツが悪そうに頭をかいている。
「勘違いだったらバカみたいなんだけど。……で、その蹴りはどっちの?」
終わったと思っていたけれど、これは大チャンスなのではないだろうか。冷静さと興奮が同時に押し寄せてきて、結局頭の中はぐちゃぐちゃになって、でも今日のミッションを私の体はちゃんとわかっていた。
「こ、これっ!」
とっさにもて余していた包みを差し出す。宮田は少し驚いた顔をして、それから目を逸らした。顔はまだ赤いままだった。
「……さんきゅ」
宮田は照れをごまかすように包みをじっくり観察していた。かわいいラッピングでよかった。
「一応聞くけどさ、これって本命?」
なんてデリカシーのない質問をするのだろう。そう思ってつい彼の足を軽く蹴ったけれど、よく考えたら彼は国語が苦手だった。感情はちゃんと言葉にしないと伝わらないのだ。今さらうじうじするな。言え、言ってしまえ、私。
「本命です」
「そっか。よかった」
勢いに任せて私がそう答えると、彼はまんざらでもなさそうだった。はにかんだ顔が愛しい。自然と私の頬もゆるゆると緩む。
「その、一緒に帰る、か?」
そう言って彼は遠慮がちに手を差し出す。嬉しさが爆発した私は心のままにその腕へと抱きついた。
「うん!」
「南野って意外と……積極的だな」
指摘されて恥ずかしくなった私は慌てて離れる。また目が合って、それからお互い小さく笑ったら、まだ差し出されたままの大きな手をぎゅっと握った。
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