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光の女神  作者: L・Y
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7月1日(2) SIDE-B

 翌日の午前中、珍しくオーナーから着信があった。

 何事かと思い電話に出ると、オーナーは慌てた様子で開口一番「イアラが倒れた」と言った。品出し中に突然倒れ、現在倉庫で寝かせているらしいが、彼女は案の定病院に行くことを拒んでいるのだという。だから、今日は臨時休業にするという連絡だった。


「今日は昼から打合せじゃなかったですか?」


 本日オーナーは、運営している通販サイトの打合せのため、昼から外出する予定だった。


『事情が事情だから、延期してもらうよ』


「僕が今からそっちに行きます。だから、オーナーは外出する準備をしていてください」


『でも、君大学が』


「平気です」


 課題は多くあるのであまり平気ではなかったが、前にイアラが倒れた時のことを考えるとそんなこと些末なことだ。


 友人に早退することを伝えると、今日卒論の相談をしようと思っていた教授にはうまく説明しておくから、また昼飯をおごれと言われた。ついでに現在友人が読んでいるハウツー本も後で貸してやるからと背中を押され、急いで校舎を飛び出した。


 外はバケツをひっくり返したような大雨だった。鞄から折りたたみ傘を取り出し、無我夢中で雑貨店まで走った。そういえば、この間イアラが倒れた日もこんな大雨が降っていた。せっかくの七夕なのに、今夜は星が見えそうにない。


 ずぶ濡れになりながら雑貨店に着いた。息切れをしながら中に入り、倉庫の扉を開けると、スツールに腰掛けたオーナーと、ソファに寝かされたイアラがいた。


「イアラ、大丈夫?」


 イアラは瞳を閉じ、顔を真っ赤にしていた。苦しそうな呼吸を繰り返しながら、やがてうっすらと開いた瞳で僕のことを確認した。


「りつ、き?」


「そうだよ」


「なん、で?」


「君のことが心配で、授業を抜け出して来てくれたんだよ」


「放っておけば治るから、心配しなくていいのに……」


 この間も倒れておいて、心配するなという方がおかしい。それにしても、いくら両親に心配を掛けるからといって、ここまで病院に行くことを拒むものだろうか。そんなことを考えていると、オーナーが出発する時間になった。


「本当にいいの?」


「はい。イアラのことは僕が診ていますから」


 オーナーは店を出るまでずっとイアラのことを心配していたが、渋々打ち合わせへと出かけていった。店のドアを出る時、ドアの前に掛けられたプレートがひっくり返る音がした。おそらくオーナーの配慮で、CLOSEにしてくれたのだろう。


「ごめんね、律樹」


「気にしないで。それよりも、ゆっくり休んでよ」


 氷水の入った洗面器でタオルを絞り、それをイアラの額に乗せた。


「お昼食べた?」


 僕が聞くと、イアラが微かに首を横に振った。おかゆを作ってあげようと椅子から立ち上がった時、イアラが僕の手を掴んだ。彼女の手は激しく熱を持っていた。


「どこに行くの?」


「おかゆを作ってくるだけだよ」


 僕が行こうとすると、イアラの手にほんの少し力が入った。顔を見ると、彼女は唇を噛みしめ、震える瞳に涙をいっぱい浮かべながら僕のことを見ていた。


「ここにいて」


 真に迫るような表情を見て鼓動が高鳴った。僕は椅子に座り直し、「分かったよ」と言った。イアラはその間、逃がさないとでもいうようにずっと僕の手を握り続けていた。


「私ね、あなたやオーナーに嘘をついているの」


「嘘?」 


 イアラが薄く開いた瞳で天井を見つめながら頷いた。


「交換留学生っていうのも、高校時代の友達がたくさんいるっていうのも嘘。この国での知り合いは、律樹とオーナーだけなの」


 イアラの声が一瞬震えた。今まで嘘をついてきた罪悪感や、見栄や強がりのようなものに耐えられなくなってしまったのかもしれない。


「本当はずっと寂しかった。オーナーは優しくしてくれるけど、いつもお店にいるわけじゃないし、あんまりお客さんも来ないから、どうしても一人になる事が多くて」


 この店は、普段から客が入ることがほとんどない。だから人と知り合うきっかけもあまりなかったらしい。


「だから私、律樹と知り合えて本当に嬉しかったんだよ。……本当に、嬉しかったんだ」


 最後の言葉を、イアラは温かい飲み物を飲んだ後に自然と「おいしい」と呟くように言った。

イアラの言葉に耳を傾けながら、彼女が短冊に掛けた願いを思い出した。【私と関わる人全てが幸せになりますように】。だが、今のところ彼女に関わっているのは、僕とオーナーの二人だけだ。


「これから友達も増えるよ」


 イアラは天井を見つめたまま、一度頷いた。僕よりも社交的な彼女に、友人ができないわけがない。


「じゃあ君は、何でこの国に来たの?」


「別の国の人の事をよく知るため――だと思う」


「思う?」


 イアラは頷いて、それ以上は話さなかった。というより、何故自分がこの国に来ることになったのか、未だに自分でも分かっていないように見える。彼女の両親の教育方針がそうなのか、若いうちにさまざまな文化や人に触れ、凝り固まった固定概念を破壊するため、彼女にいろいろな経験をさせたかったのかもしれない。


 他国の人と本質的な人間関係を育み、さまざまな視点で物事を見ることができるようになる国際的な人間を目指す、といったところだろうか。

おそらく、イアラの両親は厳しいのだろう。彼女が病院嫌いなのも、そこに起因するような気がする。


「嫌いになった?」


 イアラが恐る恐る聞いてきた。僕はそれを鼻で笑いながら、「全然」と言った。


「そんなことくらいで、嫌いになるわけないだろう」


「……よかった」


 ほっとしたのか、イアラはゆるやかに潜水するように眠り始めた。僕は彼女の手をそっと離し、いつ彼女が起きてもいいようにおかゆを作ることにした。


 

 不思議なことに、翌日にはイアラは回復していた。苦しそうに、らしくない弱音を吐いていたのが嘘のように、彼女はいつもの元気を取り戻していた。


「土曜日、どこか行かない?」


 いつものように二人で発送作業をしている最中、イアラが言った。


 土曜日はオーナーの都合で臨時休業になっていた。ついでに言うと、その日は花火大会がある。この町の花火大会は、観光地にもなっている巨大な湖で開催され、毎年七月の第二週の土曜日にあり、近隣の県よりも開催が早いため毎年多くの見物客が訪れるのだ。イアラにそのことを話すと、彼女は瞳を輝かせ「行きたい!」と言った。


「花火大会って夜だよね? らその前に買い物に付き合ってほしいんだけど」

彼女は繁華街のファッションビルに行きたいらしい。そこにはこの店とも取引のある雑貨店があるのだそうだ。


「あれ? そのビルって……」


 その時、あることを思い出した。イアラが行きたいと言っているファッションビルの一階には喫茶店があり、そこで僕の友人がアルバイトをしているのだ。


 友人は僕と違って社交的な才能を持っているので、彼を紹介することで、イアラにも友達が増えるのではないかと思った。お昼はそこで食べようと提案すると、イアラは迷ったような顔をして、「ちょっと緊張するけど、律樹の友達なら大丈夫かな」と、内心まんざらでもないように了承した。


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