7月1日(1) SIDE-B
翌日、動物病院に紹介してもらったペット霊園でミラを火葬した。遺骨をどうするかという問題になったが、話し合った結果雑貨店の裏庭に埋めることにした。
昨日はあんなに苦しんでいたのに、イアラの体調はとても良くなっていた。今日の朝、僕がミラを引き取りに行くと連絡すると、「私も行く」と言って、僕よりも早く動物病院に来ていた。
「お墓作らなきゃね」
店の裏庭は狭く、ところどころにオーナーが育てている草花が植わっていた。
日当たりのいい場所を選び、二人で土を掘った。土は昨日の雨でぬかるんでいて掘りやすく、深めに穴を掘ると、まずミラの遺骨の入った骨壺を置いた。
その後土を半分くらいかぶせ、今度はホームセンターで買ってきたガジュマルの木を植えた。ガジュマルは多幸の木といわれており、天国でミラに幸せになってほしという僕とイアラの願いが込められている。その後、ガジュマルの周りを小石で円状に囲み、一緒に買ってきた小さな首輪を置いた。
「ミラ、辛かったね」
ミラの埋葬された場所を見ながら、イアラが言った。クリーム色の金髪がちょうどその横顔を隠していたが、鼻をすすっていたので泣いているのかもしれない。
「ミラも、僕らのこと覚えてくれているよ」
「……そうね」
ごしごしと目元を拭きながら、気持ちを落ち着かせるように天を仰いだ。昨日の雨が嘘のように、空は雲一つなく晴れ渡っており、裏庭にある草花、そしてミラの墓に強い日差しが落ちていた。
いつの間にか僕は、本格的に雑貨店で働くようになっていた。
買い付けしていた商品が店に届くたびに箱を開けて検品したり、ネットショップに載せるための写真を撮影したり、時にはオーナーの車で倉庫まで商品を取りに行くようなことをしていた。店に来る客は一週間で0の時もざらにあるのに、相変わらず注文は多く、たまに残業することもあった。
仕事は忙しかったが、学費を出してもらっている両親への申し訳なさもあり、最近では学校が終わってから雑貨店に行くようにしていた。単位が取れているとはいえ、まだやることは山積みなのだ。
「おまえ、最近変わったよな」
借りていた卒業論文の資料を返却し、お礼に学食で一番高いミックスフライ定食うどん付きをごちそうしている時、友人に言われた。
「僕は別に何も感じないけど」
「彼女でもできたか?」
「そんなばかな」
「だよな」
「おい」
とはいうものの、僕の中ではもうイアラがとても大きい存在になっていた。だが、それを言葉や形にするのはまだ早いと思っていた。
それに、僕の一方的な想いというだけで、彼女は僕のことをただの友人の一人としか見ていないかもしれない。現に、彼女には高校時代の友人もたくさんいるらしいし、そもそも外国人は日本人よりもオープンな性格だという印象もあるので、彼女はすべての人に同じように接している可能性もある。それを勘違いするなんて痛すぎる。それに、どう考えても僕には釣り合わない。
「どうした? 傷ついたか?」
突然現実を見せられたような気がして、僕はいつの間にか落ち込んでいた。
友人はそれを自分が言った冗談が原因だと思ったのか、一度皿を見た後、苦渋の決断をしたように、最後までとっておいたエビフライを差し出してきた。
「ほら、これ食って元気出せって」
「なんでもないよ。それは君が食べて」
「そうか? ならいいんだけど」
彼はすぐに箸をひっこめ、もう一度エビフライを皿に置いた。友人は気を取り直したのか、すでに違う話題を一人でしゃべり倒している。僕はふんふんと相槌を打ちながら、味の薄い肉うどんをちびちびと食べていた。彼の話を聞いている間も、うどんを噛んでいる間も、イアラのことを考えていた。
雑貨店に行くと、店に笹が置いてあった。オーナーが得意先からもらって帰ってきたそうだ。今日は七夕の前日で、せっかくだから短冊をつけて店先に飾ろうということになった。
仕事がひと段落した後、イアラと一緒に文房具店に短冊とペンを買いに行った。天気予報を見ると明日は晴れだったので、坂の上からだと星も綺麗に見えるかもしれない。
僕は短冊に、「ミラが来世で幸せになりますように」と書いた。それが直近の一番の願いだった。「イアラともっと仲良くなれますように」という願いも、とても大きな願望の一つだが、短冊経由で僕の気持ちが発覚してしまうと後々気まずくなってしまうかもしれないので胸に留めておくことにする。
短冊の枚数が多かったので、僕らはそれぞれ思いついた願いを書き散らし、消化していった。「世界平和」や「笑門来福」、「五穀豊穣」などスケールの大きいものから、「お酒が飲めますように」や「排水溝のつまり改善」、「家族の健康」など、現実的な願い事も書いた。ちなみにオーナーは、達筆な文字で「雑貨店の繁栄と、後継者が現れますように」という真に迫ったような願いを書いていた。短冊を笹に取付け七夕飾りが完成すると、それをミラの墓の近くに立てかけた。
「イアラは何を書いたの?」
「ミラが天国で幸せになりますようにって書いたよ」
笹を見上げながら、イアラが言った。彼女の心と同じところで通じ合っていることが嬉しかった。
「ほかには?」
「いろいろだよ。商品がたくさん売れますようにとか、みんな元気に暮らせますようにとか。それと……」
穏やかな風が拭き、笹の葉がさらさらと揺れた。そして、
「私と関わる人達全てが、幸せになりますようにって」
空を仰ぎながらイアラが言った。僕は頷いて、彼女と同じように夕映えの空を見た。
その時、笹の一番上に短冊が掛けられていることに気づいた。
「あの短冊って誰の?」
僕が聞くと、イアラが「私だよ」と言った。
「でもあれは内緒。私の一番のお願い事だから」
彼女の一番のお願いとはなんだろう。七夕飾りを見ながら嬉しそうに微笑んでいる彼女の横顔を見ながら、その願いを叶えるために僕にできることがあるなら全力で協力しようと思った。