第二話 銀脚
読んでいただけたら嬉しいです。
鮮血が舞う。
しかし、それはイザナのものではない。
「ウデ・・・・」
金属の落ちる音と同時に、水音混じりの鈍い音が響く。
遠くに落ちたのは、化け物が持っていた血塗れの斧と奴自身の腕だ。
化け物が、半ばから断たれた腕の一本を瞳も無いくせに見つめ、次にイザナの方、正確にはイザナの前に立つ少女へ視線を向けた。
「ダレ?」
「誰?」
奇しくも同時に、彼らの間に立つ少女へ、イザナと化け物が問い掛ける。
「傘織銀子」
銀の髪の美しい少女は言葉少なく答えると、スカートから伸びる白い脚を霞ませる。
直後、車同士が衝突したかのような轟音と共に化け物の巨体が向かいの壁まで吹っ飛んだ。
僅かにしか見えなかったが、あの化け物を蹴り飛ばした?こんな細身の少女が?
唖然とするイザナに振り返りもせず、少女は化け物が飛んでいった方を睨み続ける。
「ダレ・・・ダレ・・・」
起き上がった化け物は、胸に穴が空いていた。
だが、奴は腕や胸から大量の血液を垂らしながらも、ユラユラとした歩みを止めない。
そしてーー。
「ダレエエェェェ!!??」
「ウッ・・・」
耳を塞ぎたくなるような咆哮。
同時に、化け物の胸の穴が塞がり、腕が生えてくる。
外見から分かっていた事だが、目の前の怪物は、イザナの知る生物のどれともまるで当てはまらない。いや、この世の生物にこんなものが果たして居るのか?
「キミキミキミ・・・ハ!ダレ!?」
化け物が襲い掛かってくる。元より大した知性は感じられなかったが、今はもう獣のようだ。
対して、それと対峙する少女は静かに呟く。
「『転身』」
信じがたい事が起きた。
彼女の脚が人のそれから白銀へと。機械のような、もっと言えば兵器を思わせる無機質な物へと変化したのだ。
「閃華」
少女が蹴りを放つ。
直後、銀閃が走った。
目も開けられない程の閃光の後、イザナが目を開けると、その銀の軌道上に存在していた全ては無くなっていた。
「・・・凄い」
思わず口からそんな言葉が漏れる。
僅かに残った化け物の頭と腕の一部が床に落ち、抉られた地面の向こう、円形に切り抜かれた壁から鈍色の空が覗いていた。
「貴方・・・」
元の姿に戻った銀子がイザナに話しかけようとして、糸が切れたかのように地面に倒れる。
「おい、大丈夫か?」
何とか身体を起こして倒れた少女に近寄る。
死んではいないようだが、息は細く、その顔色は真っ青だった。
「・・・すぐ、離れて・・・新しい敵が・・・来る」
苦しげに言う銀子、だが、流石にこんな状態の少女を置いてはいけない。
「君はどうするんだ」
「時間が・・・経てば・・・」
「敵が来るんじゃないのか?」
「・・・」
案の定、無策らしい。
「聞きたいことが色々ある。君も連れて行くよ。上体を起こすくらいは出来るか?」
ゆっくりと銀子が身体を起こす。
その前に屈む。
「腕がこの有様だ。何とかしがみついてくれ」
彼女の腕が首の前に回されたのを確認してから立ち上がる。
背中で感じる重さは予想以上に軽かった。
「大丈夫か?」
「・・・ん」
弱々しい吐息。捕まっているのも苦しいだろうが、こっちも負けず劣らずの重症なのだ、何とか我慢してもらうしかない。
その後、少女の道案内で建物を出る。
そこは灰色の世界だった。
晴れそうにもない暗雲立ち込める空の下、僅かに差し込む陽光が廃墟の群れを照らす。
鼻に届く灰と自然の匂いが、ここに人間の営みが残っていない事を直感させた。
「急いで・・・」
「ああ、すまない」
呆然としたイザナを急かす銀子。
彼女はこの世界について何か知っているのだろうか。いや、それ以前にあの化け物や、その化け物を殺したあの力、聞きたい事が山程ある。
「この裏路地を進んで」
「了解」
入り組んだ裏路地を歩く。
時折、獰猛な動物を思わせる声が聞こえてくる。あの化け物と同じ声もあれば、まるで違うものもいくつかあった。最悪な事に、あんな化け物やその同類が何匹も居るようだ。
「止まって」
彼女に言われて足を止める。
すると、遠くから何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「何だあれ」
建物の影から見てみると、機械の巨人が先程銀子が倒したのより何倍もある化け物を何十匹も縄で縛って引き摺っていた。
「ここの管理者・・・増えすぎた『クチダケ』をああして処分するの」
「クチダケ・・・・あの化け物の事か?」
「そう」
寒気のするような話だった。
あんな化け物が大量にいるというのも、それを容易く処分するような奴がいるというのも。
「行きましょう」
巨人が完璧に去ってから大通りに出る。
かつて、大きく栄えていたであろうその通りは見晴らしが良く、もし、化け物どもに見つかっても、隠れようが無い。
急いで突っ切ろうとしたその時、背中の少女が後ろに倒れるように身体を引っ張った。
「のわっ・・・」
倒れそうになり、仰け反ったイザナの鼻先を弾丸が掠める。
あのまま行っていたら、間違いなく頭を撃ち抜かれていた。
「ごめんなさい」
背中の銀子が謝ると同時に、通り沿いの建物から様々な化け物が出てくる。
「多分、私が拠点を出た時を見て、待ち伏せしていたみたい」
彼女は背中から降りると、再び脚を白銀に変える。
そしてーー。
「上手く着地してね」
「え?」
銀子はイザナの事を蹴り上げた。
いや、蹴り上げたというより脚を身体に密着させて押し出したと言うべきか。
「うおわぁぁ!!」
情けない悲鳴と共に開いていた窓からマンション内に入ると、丁度、着地点に質素なベッドがあった。
頭から落ちないように、何とか受身を取るが、勢いが良すぎてマットで跳ねた身体がそのまま壁に激突した。
その際に様々な物が落下したが、そんな事よりも下の様子が気になる。
「大丈夫か!」
下を見てみると、そこでは少女が血の雨の中で闘っていた。
彼女は圧倒的に強く、彼女の一挙手一投足が確実に化け物の命を刈り取って行く。
だが、化け物の数が多すぎるのに加えて、彼女の体調が悪い。既に息は荒く、足取りは今にも倒れそうな程にフラフラだ。
「君もこっちに!」
「それは無理だ」
突然、背後から聞こえて声に振り向く。
そこに居たのは、穏やかな笑みを携えた女性だった。