もう私はただのクライニア。
いやないわー。
このふたりを殺して得るものがなにもない。
せいぜい私の寿命が少し伸びる程度。
というかむしろ縮まるんじゃないの、下手したら。
「止まれセルジャック!!」
「!?」
「これ以上、戦うなら、手加減できない!!」
「――――」
セルジャックが逡巡する。
ハッタリだと見抜けるか?
目の前の女は闘気法を纏い、中位属性の攻撃魔法を撃ってきた。
その事実を鑑みれば、中位属性のさらにエグい攻撃魔法が飛んできてもおかしくはない。
いやまあ、私、そんなに魔法、詳しくないけどね。
「本当にステータスバグだったんですか、クライニア様?」
「そうよ。なぜか読めるけどね」
「読める? ステータスバグを?」
「読めたら、スキルだって使いたい放題じゃないの。そういうことよ」
「そんなことが……」
セルジャックが揺れている。
トリストフは氷漬けになった剣を捨てた。
セルジャックは懇願するように私に語りかける。
「お嬢様。それじゃあ領都に戻って、父君にお話を――」
「戻れば殺される。スキルは使えるけど、ステータスバグは本当だもの。貴族なら、あなたたちなら、ステータスバグの貴族の娘の末路なんて想像つくでしょう?」
「それは、そんなことは……」
「セルジャック、もういい」
否定できないでいるセルジャックに、トリストフが声をかけた。
「トリストフ、何かいい知恵はないか? このままではお嬢様が……」
「もうお嬢様じゃねえ。銅ランク冒険者、クライニアだ」
「トリストフ……?」
「俺たちが追っているのは、イスエンド男爵家の長女。貴族は冒険者になれねえ。そうだろ、クライニア?」
「ええ、そうよ。もう私はただのクライニア。イスエンドの名を騙ることはない」
私は答えた。
「ああ畜生。イスエンド男爵家の長女には逃げられたな。なあセルジャック」
「……ああ、ああ。そうだなトリストフ。叱責を覚悟せねばなるまい」
「ときにクライニア、この剣の氷、なんとかならねえか?」
〈ファイアボール〉を使って溶かしてあげることにする。
その間、セルジャックはクロスボウのボルトを回収しに行った。
「火、炎、氷。少なくとも三属性か。もっと使えるのか?」
「さてね。冒険者は手の内をそう簡単にひけらかさないの」
「そうか……」
トリストフは剣を鞘に収め、馬上に飛び乗った。
セルジャックもクロスボウを背に、馬上に戻る。
「それじゃあお達者で、クライニア。野垂れ死になんざしないでくださいね」
「ありがとうトリストフ。イスエンド男爵の叱責が軽く済むことを祈っているわ」
「……そりゃ望み薄ですぜ」
手を上げて、ふたりは去っていった。