休暇はここらで取りやめでいいだろう。
冒険者ギルドの支部長室では、支部長が眉間にシワを寄せて私を見ていた。
「……冒険者ギルドの誘致、か。確かに街としての規模次第では冒険者ギルドを設置するのは、本部の望むところではあるだろう」
魔物の討伐が目的の冒険者ギルドは、積極的に新しい都市に支部を置いている。
私たちの国にも例外なく、置かれてしかるべきだ。
「近隣のギルド職員から支部長と副支部長を派遣する。決まり次第、向かわせるが、それでいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
「……ときに、ステータスバグが読めると聞いたが、本当か?」
「ええ。読めますよ。自分の分と、他に見せてもらった人のうちふたり分は」
「誰のものでも読めるわけではないのか?」
「今の所は、そうですね。誰でもとは言えません」
「そうか……ならばいい。用事はそれだけか?」
「はい。お忙しいところ、お時間を頂けて感謝しております」
「ああ」
私は支部長室を辞した。
冒険者ギルドにはまだ用事がある。
掲示板に張り出されている周辺地図を見ることだ。
この街から離れた位置にある迷宮の確認がしたいのである。
ふむ……あるにはあるけど、やっぱり少し遠いなあ。
時空魔法を使ってみるか?
一応、多人数を瞬間移動させる〈ディメンションゲート〉という魔法の存在は知っている。
使ったことがないけれども。
使うには、そもそも一度、現地に行かなければならない。
時間はあることだし、ちょっと遠出してみようかな。
冒険者ギルドで目的の迷宮の地図を購入しておく。
私は街を出てゴーレム馬で遠方にある迷宮――イフリート迷宮に足を運んだ。
昼から夕方まで、だいたい六時間ほど飛ばしてやっと着いた。
複雑な装飾が施された扉は、高難易度の迷宮である証だ。
迷宮の扉から少し離れたところを転移ポイントに指定する。
そこから、迷宮帰還してクライニア帝国へと戻る。
一旦、迷宮の外に出てから、転移ポイントを迷宮の扉の傍に指定。
これでふたつの転移ポイントの間を、〈ディメンションゲート〉で繋ぐことができたはずだ。
実際に試そう。
「〈ディメンションゲート〉」
グワン! と大きな穴が空いて、イフリート迷宮の傍に繋がった。
成功だ。
これで明日から迷宮攻略ができるぞ。
まあそこまで急がないでもいいけど。
とりあえず〈ディメンションゲート〉はできることが分かったので、穴を閉じる。
ミアラッハに相談して、攻略の日取りを決めよう。
再び迷宮の扉をくぐって、クライニア帝国の城へ帰還した。
夕食後、リビングルームで彫刻の続きをしようとしているミアラッハにイフリート迷宮のことを話した。
既にテーブルの上には多くの削りカスが山となり、ふたつの騎士の駒ができあがっており、今ミアラッハは新たな駒を作成しようとしているところだった。
「イフリートかあ。難易度高そうだね」
「うん。扉の装飾も複雑だったし、ケルベロス迷宮より断然、難易度は高いだろうね」
「攻略しに行く? でも遠いんだよね?」
「実は――」
私は〈ディメンションゲート〉について説明した。
「へえ。そんな便利な魔法があったんだ。なんで今まで使わなかったの」
「街中でこそこそ転移するのが面倒だったからだよ。だって目立つでしょ」
「ああ、そうか……」
「でもウチの迷宮の前から、イフリート迷宮の傍までなら、そんなに目立つことはないかなと。街中とは違うしね」
「確かにね。移動時間がないなら、いつもより長く迷宮に潜れそう」
「じゃあしばしの休息を挟んで、迷宮に挑むってことでいい?」
「うん。いいよ」
ミアラッハの了解を取り付けた。
さてイフリート迷宮、どのくらいの難易度なのかな。
地図は買ってある。
一応、目を通しておくことにした。
* * *
ハーティアと部下の神官二名がやって来た。
モノリス二枚と神殿はこちらが提供することになっている。
とりあえず土地の下見をしてもらってから、神殿の設置をする予定だ。
「がらんとしていますね……」
「まだまだ住民が少ないので。でも頑張って、立派な街にしたいと思います」
「ではこの目抜き通りの中央にお願いします」
「ここら辺ですね。では――」
DPを消費して神殿を建てる。
一瞬で神殿が出来上がったことに、ハーティアと部下二名はポカンと口を開けて驚いていた。
中には神像が立ち並び、後はモノリスや家具を設置するだけである。
迷宮品であるモノリスの破片をひとつ出して、祭壇に置いた。
そしてもうひとつ、破片を出してくっつけると……モノリスの破片は歪同士だったにも関わらず、ぐにゃりとくっついて大きくなった。
合計で六枚の破片をくっつけたところで、モノリスが完全な形となった。
もう一枚分、モノリスの破片をむっつ出して、ひとつずつ布に包んで渡した。
部下のひとりがそれをカバンに大事そうに仕舞い、明日、街の神殿に持ち帰ると言った。
「あとは家具ですね。必要なものはこちらで出しますので、遠慮なく言ってください」
「は、はい」
ハーティアの執務室と寝室を整えて、部下二名の過ごす部屋にも家具を設置していく。
生活に不足のない家具が揃った時点で、私の役目は終わりだ。
「これで神殿の設置はひとまず終わりですかね」
「はい。家具までご用意していただき、感謝の念に耐えません」
「お気になさらずに。それではさっそく寄進したいと思います」
「えっ、家具までお世話していただいたのに……その、悪いです」
「大丈夫ですよ。家具は家具、寄進は寄進ですので」
DPとお金は別腹なのである。
いや意味がおかしいか?
別に私は信心深いわけじゃない。
ただ単純に、このクライニア帝国には住民がほとんどいないから、当面の生活資金が必要だと考えてのことだ。
持参している金銭がどのくらい余裕があるのか分からないので、こうして寄進しておくのが、領主としての義務だろう。
「で、ではありがたく」
「ええ」
金貨の詰まった袋をひとつ、無造作に差し出した。
さて、では私は鍛冶に励むとしましょうかね。
師匠のもとに行く。
「師匠、神殿の誘致が終わりました。グラスワーカーになれますよ」
「ほう、もう神殿ができたのか? 気づかなんだ」
「蒸留器を作りたいので、グラスワーカーになってください」
「……本当に美味い酒ができるんじゃろうな?」
「上手く行けばですね。まあ上手くいくと思いますけどね」
「分かった、神殿に行くか……」
表に出た師匠の「うお!?」という驚きの声を無視して、私は鋼の剣を打ち始めた。
集中して鋼を打っていると、師匠がクラスチェンジを終えたのか戻ってきた。
「随分と大きな神殿じゃったな。街のと比べたらこっちの方が立派じゃないのか?」
「そうですね。広さはこちらの方が大きいでしょうね」
「あんなのを一瞬でポンポンと建てるとはなあ。大工いらずじゃな」
「できれば大工さんにも来てもらって、家屋などは民間で建てて欲しいんですけどね」
「まあ領主からしてみたらその方が良いじゃろうな。今の状態は、お前がいるからこそ回っているに過ぎぬ」
そうなんですよね。
「それはさておき、グラスワーカーになったぞ。珪砂を出してくれい」
「これ打つまで待っててください」
酒が美味くなる機械と聞いてウキウキだな師匠。
とりあえず鋼の剣を打ち終えたので、蒸留器の設計図を描く。
ええとデカいガラス瓶の上に温度計つけて、冷却用に水冷して……抽出したアルコールを貯めるのがここで……。
簡単に作成した設計図を見て、師匠は「んんん?」と首を傾げた。
「これはなんじゃ?」
「温度計です。ええとちょっと待ってくださいね。――〈ジェネレイト温度計〉」
理科の実験で使ったことのある水銀の入った温度計を生成した。
「これか……何か書いてあるが……」
あ、アラビア数字が読めないのか。
まあちょうどいいところに線でも引けばいい。
温度が分かればいいのだ。
蒸留器の原理について説明する。
要は、アルコールと水とが気化する温度の違いを利用して、酒精を取り出すというだけの話だ。
「なるほどのう……それで温度を測る必要があるわけじゃな?」
「だいたいの形はこうなんですけど、師匠が試行錯誤してもっといい形にしてもらえると助かりますね」
「分かった。専門外じゃが、やってやるわい」
そういうわけで、師匠はしばらくガラス職人として蒸留器の開発をすることになったのである。
もちろん炉はガラス用に使われるため、鍛冶はお休みだ。
明日から、イフリート迷宮に潜ろうっと。
ミアラッハは暇しているだろうから、休暇はここらで取りやめでいいだろう。




