もう幸運を通り越して怖い。
宿を取って、翌朝から乗合馬車に乗って迷宮へ向かう。
この国境地帯には迷宮がふたつあり、難易度の低い方の迷宮に入ることにした。
ちなみに昨晩はミアラッハに【転職】について白状した。
いつでもスカウトになれるから、という言葉に安心しつつも、まだ秘密がありそうだ、と言われて全くその通りです、と内心で反省した。
いつか【経験値20倍】と【熟練度20倍】や前世についても話す時が来るのだろうか。
馬車で揺られること一時間。
遂に迷宮の前に到着した。
迷宮の入り口は両開きの白い扉だ。
扉の装飾によって難易度が推定できるとされており、シンプルな扉ほど難易度は低い。
この扉は装飾がほとんどないので、難易度は低いと考えられる。
「じゃあ武器出して入ろう」
「ええ。【魔槍召喚】」
「〈ストレージ〉」
私はアダマンタイトの剣を取り出して腰に差す。
ミアラッハはいつもの魔槍である。
今日も神々しい輝きを放っているので、注目を集めている。
こそこそとミアラッハが身を寄せてきた。
「で、スカウトにクラスチェンジしたの?」
「うーん。しておこうか、念の為」
「お願いね。罠に対応できるのはクライニアだけなんだから」
そうね。
私は転職を起動してスカウトになっておく。
スカウトのレベルは27だ。
頑張ってスキルが増える40を目指そうかと思う。
というわけで迷宮に入る。
扉を開くと、異空間の迷宮が広がっていた。
事前情報によれば、特に変なギミックのある迷宮ではないとのこと。
宝箱を探すために、敢えて地図は購入せずに挑む。
宝箱は行き止まりに出ると聞いたことがあるからだ。
まあ低階層だと出る確率が低いとか、多くの人が入るため取り合いになるとか聞いたことはある。
ともあれ迷宮である。
期限はないのだし、のんびりやろう。
ファットラットという巨大なネズミの魔物が三匹出たけど、〈マジックアロー〉三連射で倒せた。
ミアラッハはまだ緊張しているため、飛び出すことはなかったから私ひとりで仕留めてしまった。
「大丈夫、ミアラッハ?」
「ああ、うん。ごめんね、緊張して身体が動かなかった」
「気にしないでいいよ。動けるようになったら戦えば。低階層なら私ひとりでもなんとかなると思うし」
「大丈夫。次は前に出るから」
「了解」
次に遭遇したのはクリーピングバインだ。
地を這う蔦の魔物。
ちなみに魔物の名前は基本魔法にある〈アナライズモンスター〉という鑑定魔法で知ることができる。
ブライナー辺境伯家の魔法書で覚えた魔法だ。
「はあッ」
有言実行、ミアラッハは魔槍でクリーピングバインをバラバラにした。
「いい調子だったよ」
「ありがとう」
とりあえず労っておいた。
通路を進む。
階段の手前に、小さな宝箱を発見した。
どうぞ開けてください、とでも言わんばかりである。
私たちは思わず顔を見合わせた。
低階層で、こんなにあっさりと見つかるとは思ってもみなかったのだ。
罠がないことはスカウトの感覚でわかったので、「じゃあ私が開けるから」と断ってから開ける。
中身は短剣だった。
「短剣かあ。魔法がかかってたら大当たりだね」
「まだ第一階層でしょ。魔法の品とは限らないじゃない」
「いやあ。でもこれ、少し魔力を帯びている気がする」
「え、本当?」
ミアラッハが覗き込む。
鞘に収められた短剣がどのような効果を持っているかは不明だ。
最悪、呪われている可能性を考えて〈ストレージ〉に入れておく。
「帰ったら鑑定してもらおう」
「いきなり幸先がいいわね」
ミアラッハの弾む声に私も笑みが溢れる。
しかしこの笑みがやがて引きつる笑みになるのは、まだ知らない――。
* * *
「宝箱。まただよ?」
「一階層にひとつは多すぎない?」
もう幸運を通り越して怖い。
何か見えざる手でもてあそばれている感じ。
「多いね。何が原因だろう」
「ステータスバグ?」
「それ? でも迷宮と何の関係が?」
「ステータスバグ自体が由来不明なのだもの。読めるクライニアは何か心当たりはないの?」
「まったくありません」
宝箱には罠もないので、サクっと開けた。
よっつ目の中身はティーカップだった。
短剣、口紅、宝石、ティーカップ。
まったく統一性のないラインナップだ。
〈ストレージ〉にティーカップを仕舞い、第五階層に進む。
魔物は今の所、問題のない程度の奴しか出てこない。
ミアラッハが人型をしたゴブリンを斬るときにやや躊躇したくらいか。
私は〈マジックアロー〉で数を減らす程度に攻撃している。
経験値20倍があるので、単純に考えればかなりの経験値を稼いでいる可能性があるがそこはそれ。
スカウトのレベル40で何かいいスキルが入手できれば良いのだけど。
第五階層には中ボスがいる。
中ボスを倒すと、迷宮の入り口付近にある転移魔法陣が開通するため、それを目処に帰る予定だ。
ボス部屋の前には前のパーティが戦っているのを待つパーティが待っていた。
おっと知った顔だ。
銅ランク冒険者パーティ『三魔炎』の三人組。
「こんにちは」
「あ、どうも。こんにちは」
挨拶だけして、私たちも中ボス部屋の前に並ぶ。
「あの……凄い槍ですね」
「え? ええ、そうね。良い槍よ」
ミアラッハが突然、声をかけられてキョドっている。
良い槍どころか希少スキルで出てくる魔槍だ。
素人が見ても分かる異常さ。
あ、もしかして宝箱がやたら出たのはこの槍のせいだったりして。
槍に【幸運】とかついていてもおかしくない。
ギィ、と中ボス部屋の扉が開く。
「あ、それではお先に失礼します」
「頑張ってねー」
テキトーに応援しておく。
バタン。
扉が閉まると、シンと静けさが戻ってきた。
「事前情報だと中ボスはオークチーフとオークが五体だったよね?」
「そうだね」
「どうやって戦おうか」
「雑魚は私が魔法で減らすから、オークチーフをミアラッハに任せようかな」
「ええっ、大丈夫かなあ」
「余裕でしょ。まだ槍術つかってないし」
「そ、そうだね。余力はまだあるのよね」
槍の素の攻撃力が高いので、何でもスパスパと切れる。
そのため、槍術の出番はなかなかなかった。
しばしの休憩。
十分ほどで扉が開いた。
さて『三魔炎』は無事にボスを撃破したのだろうか。
中に入ると、背後で扉が閉じる。
そして地面から湧き上がるようにして、オークチーフとオーク五体が出現したのだった。