第六体目
就職先が決まった余裕のある集団と未だ就活すら満足にして行っていない自分が狭い部屋の中で向き合っている。
「しじま氏、思ったよりもきれいにしているんだねぇ」
柿本が僕の部屋に置いてあるものを値踏みするように眺めている。
もともとの僕はだらしない。部屋はシャンの小言がうるさいから、いやいや片付けているのがきれいになっている理由だ。
「あの白いケースは何だ?」
「あ、ほんと、きれいなボックスね、あまり見たことがない」
「贈り物なんだ」
「え、誰からよ!もしかしてぇ、彼女か?」
「しじまくんの彼女って趣味いい!」
この流れはまずい。菅原がシャンのベッドの存在に気づき小野さんも話にのってくる。多分、シャンはケースの中に入って僕らの会話に耳を澄ませているに違いない。
「しじま氏、中を開けてもいいかい」
「だめ、絶対だめ」
立ち上がって開けようとする図々しい柿本の服を引っ張って座らせた。
「別にいいじゃんかよ」
「本人が見せたくないものを無理やり見るような人は好きじゃない」
小野さんの一言に僕は救われた。
「でも、いつか私には見せてくれると思う、ね、しじまくん」
(何だ、その自信は、どこからお前にはその自信が生まれてくるんだ)
やはり、小野さんは曲者であることを確信した。
「ところで、しじまくん、今日、来た理由はお願いがあってきたの」
「何ですか、そのお願いって」
「私とプロチームを組んでほしいの」
確かに今はプロとして契約しているゲーマーがいることは知っている。でも、僕が行ったことはシャンと行った『チート』だ、ゲーマーとして最低な行為であることは間違いない。そんな話を受け入れることは絶対にできない。
「菅原や柿本もいるじゃないですか」
「菅原くんたちには、家を一緒に探してもらっただけ」
「そ、俺たち暇でさ、昼飯おごってくれるって言うし、なあ、柿本」
「同意」
お前ら、そんな腑抜けた生き方でいいのか、小野さんにいいように使われているだけじゃないのか。いや、もう就職先が決まっている奴らの長い最後の休みだ、どう使おうが奴らの事由だといえば自由なのかもしれない。待てよ、自由といえば、僕の方が自由か、授業にも出なくていいし、ノルマにも縛られることはない。いや、違う、だめだ。それは自由とは違う。そう、風に飛ばされた糸の切れた凧だ。クルクルと人生という空間に吞み込まれていく凧が僕なんだ。
「僕は凧……じゃなかった、小野さんには悪いんだけど、僕は興味がない世界なんだ」
断らなければ何か理由をみつけて。誰か助けてくれ!
(僕にはやらなくてはならないことがある)
「僕にはやらなくてはならないことがあるんだ」
「やらなくちゃ、ならないこと?」
僕には小野さんに何言っているんだ。
(僕には重大な使命が課せられている)
「僕には重大な使命が課せられている」
「使命?」
(僕には人類を救う使命があるんだ、僕は戦わなければならない)
「僕には人類を救う使命があるんだ、僕は戦わなければならない」
え、言わされている?シャン?これはシャンが僕に同期して言わせているんだ。止めなくちゃだめだ、これだと僕はただの……。
(君みたいな純粋で美しいお姫様を守るためにも、君がプロとして輝く世界を守るためにも)
「君みたいな純粋で美しいお姫様を守るためにも、君がプロとして輝く世界を守るためにも」
(だから君も君の世界で戦ってほしい、たとえ一人になっても、まわりがすべて敵だとしても)
「だから君も君の世界で戦ってほしい、たとえ一人になっても、まわりがすべて敵だとしても」
(それでも僕は永遠に君の騎士だ)
「それでも僕は永遠に君の騎士だ」
僕の手が小野さんの白く小さな手を優しく握った。
ハリガネムシに操られたカマキリ状態!何言っているんだこの馬鹿丸出しの気持ち悪いセリフは!
「しじまくん!」
小野さんは僕に突然、抱き着き、瞳を輝かせて僕の顔を見た。それを見て驚く菅原と柿本の顔が一瞬の、鬼のような形相に変わったことにも気づいた。
「わたし、そういうことを真顔で言うことのできるキャラが大好きなの、わかってる、それがふざけているって、でも、そういう恥ずかしいこともできる演技力はキャラづくりのうえでもとても大切なことなの、しじまくんともっと早くからお話ししていればよかった」
「と……あの……なので、プロの話はなかったこと……」
「うん、わたし、どこかでしじまくんの実力に頼ろうとしていたかもしれない、私の考えが甘かったの」
「そう……それはいい……」
「私もあなたのお姫様になってあげる、だから安心して戦ってちょうだい、あなたの骨も拾ってあげる」
もうやめて、勘弁して。骨拾うなんて、殺されてしまう前提?何それ、ここでコスプレ世界の遊びが始まっちゃったの?やはり、小野さんの性格は僕みたいな人間には理解できない域に突入しているんだ。
「なぁんてね、しじまくん、就職できないって、菅原くんから聞いていたから、もしかしたらと思って誘ったんだけど、だめみたいね」
なんで、そこで素に戻るのだ。
「でもね、私、しじまくんというキャラをもっと知りたくなったのはほんと、これからもよろしくね」
なんだ、そのあざといウィンクは……かわいいじゃないか……いや、違う、何か最近の僕はいろいろな人に振り回されているような気がする。
「しじま氏」
「しじまぁ」
菅原と柿本は笑っているが、その目は二人とも笑っていなかった。
「今度、来るとき、みやびちゃんも連れてくるね!」
そのあと昼食に誘われたが、僕は用事があると嘘を言って断った。昼前だというのに三人が帰ったあと、ものすごい疲労感が僕を襲った。
「上様、断ることができてよかったの」
シャンがケースから出て僕のベッドに座っていた。
「僕の断りもなく、勝手にシンクロするのやめてくれない」
「何を言っておるのじゃ、上様が助けてくれと願ったから助けただけじゃ、失礼じゃの」
僕が助けを誰かに求めていたのは事実だ。
「でもな上様、あの娘、ああ言いながらも、多分、上様のことが短期間のうちに好きになっているはずじゃ、他の二人の男に向かう波長と上様と向き合う波長では全く質が異なるからの、感情レベルの分析結果からもすぐに上様はあの娘を落とせるはずじゃ、次に会ったときに試してみればよい」
「馬鹿いえ」
「はぁーっ、うらやましいのぅ」
「何が」
「知らぬ、これからルートを調べるから、出かける準備をしておくように、距離的にその日のうちには帰ってこれぬ場所じゃからのぅ」
組んだ足に片肘で頬杖をつくシャンは、頬を赤らめちょっと怒ったように答えた。




