表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
55/55

最終話

<登場人物>


静寂秋津 (しじまあきつ)

 就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。


シャン

 『月影乙第七発展汎用型』の人型端末


小野なな子 (おのななこ)

 『小町』という別名をもつ美少女コスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ


鹿内みやび (しかないみやび)

 アキツが救おうとした女子高生


菅原 治 (すがわらおさむ)

 陽気な性格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


柿本海人 (かきもとかいと)

 眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


小泉 廉 (こいずみれん)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行動している


大椛マサハル (おおなぎまさはる)

 アキツの小学校の同級生 カエデと活動を共にする


上野カエデ (うえのかえで)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の男性タイプの『月影人形』と共に行動している


播磨ヒロト (はりまひろと)

 アキツの小学校の同級生


鳥羽口ツカサ (とばぐちつかさ)

 ヒロトの妹


佐橋ユキオ (さはしゆきお)

 アキツの小学校の同級生


大熊サユミ (おおくまさゆみ)

 アキツの小学校の同級生 『ラグ』というシャンと同型の『月影人形』と共に行動している


名栗ワカナ (なぐりわかな)

 アキツの小学校の同級生


湯岐ジュン (ゆじまたじゅん)

 アキツの小学校の同級生 『リグ』というシャンと同型の『月影人形』と共に行動している


諏訪山マモル (すわやままもる)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行動している


森脇イツキ (もりわきいつき)

 ベンチャー企業『クトネシリカコーポレーション』の代表取締役

 アキツの小学校の同級生


モリワキルナ

 イツキの双子の姉でアキツの小学校の同級生



「シャン、そんなに悲しそうな眼をして僕を見ないでくれ!僕は何もしていない!うぅん、できなかったんだ!でもやろうとしたよ!ルナだって助けたかったんだ!」


「そうしてダメな犬と人間ほどよく吠えるという、ようは結果じゃ、上様は失敗したのじゃ、ここに討ち捨てられた骸のようにのぅ」


 僕の顔にまた何か冷たい感触があった。

 二回……三回……その感触は時には強く、時には弱く、何度も何度も続いた。


「!」


 僕は分かった。

 この感触は……


「シャン!」


 いくつの幻影の世界が重なっているのか。

 僕はまた何もない薄暗い空間に一人で浮かんでいた。


「上様、ここは身体があってない世界なのじゃ、翻弄されているだけなんじゃ……意識を……上様自身が意識を保つことで上様という存在がある」


「シャンは?シャンはどこにいるの?君の姿が僕には見えない……」


「わしにはよく見えるし……わたしはすぐそばにいる、いつだって……ボウくんのそばに……」


 ルナの声だ!


 薄暗い世界に雲のかかった大きな満月があらわれた。

 そのほの明るい月光が辺りを蒼く染め出していく。


「シャン!どうしてルナが!」


「器としての人形を生んだ一体にわたしの意識……心を写した人形、彼女はわたしの分身であり、この世界に浮遊しているわたしそのもの……この世界の中の人形の身体は壊されても何度でも目覚めることができるの」


 さっき自壊したセバスチャンやラグ、市松、ツカサの姿をした光が僕を取り巻くようにして浮かんでいる。


「ボウくん……イツキはわたしをこの世界から救い出すことは不可能だって知っていたの」


 ルナの声が僕の耳に届く。


「そんなことはない!僕は、僕自身が君を救ってあげたいと思ったんだ、イツキは、イツキは僕を信じてくれたんだ」


「分かっている……ボウくんの気持ちはみんなにも分かっている、だから、現実に存在する世界で、みんなはその命と引き換えにわたしの分身に力を与え、この世界に戻してきたの」


 周囲の空間が満月に引きずり込まれていくようにゆがみ、収縮していく。


「この世界は終わることはない……この時間も途切れることはないの……でも……」


 月影人形たちを形作る分かれていた光が一つにまとまっていく。


「この空間をもう一度組み立てなおすことはできるから」


 シャンのコスチュームを身にまとったルナが微笑んでいる。


「何をするんだよ!ルナもシャンもみんな僕たちと帰るんだ!みんな一緒に!」


 黒雲はすっかりと消え、月の光が帯となり僕たちを優しく包み込む。


「待って!僕は何もしていない!何もできていない!それなのに何で!」


 シャンがいつものように僕の肩に座っている。


「シャン!」


 シャンは僕の耳に顔を近付けてきた。


「上様はわしに本当の心を与えてくれた、プログラムされたものだけではなく、人として、生命としてどうあるべきか、ルナへわしの身体を通じてその力を増幅させてくれていたのじゃ、そして、この世界に充満する負の電荷量による対生成と対消滅を生じさせる……とは言ってもいつもの上様には通じないかもしれぬのぅ、簡単にあらわすのなら『スリップ』による再生じゃ」


「シャン!」


「お月様がなぜ、上様を好きになったのか今のわしなら本当によく分かる気がする……上様は、誰にでも優しすぎる」


 満月からにぶい金属音が断続的に流れてきた。


「もう天使の演奏の指揮をしなくてはならぬ……お月様に呼ばれている」


「これも空間が見せている幻なんだろ!僕は目覚める、目覚めるから」


 僕の肩からシャンは風に飛ばされる綿毛のように離れていく。


 シャンはもう一度だけこちらに振り向き、はにかんだように微笑んで右手を小さく顔の横で振った。

 きれいな瞳からは大粒の涙があふれているのが見えた。


「上様……またね」


「シャン!」


 これまでにないほどの閃光が走った。

 天使の奏でる音が、遠い国に船出する汽笛のように大きく、そして長く鳴り響いた。


(雨?)


 この傷ついた空間を癒すように汽笛に続いて雨音がいつまでもいつまでも聞こえていた。



--------------------------------------------------------------



「さて、慎重な選考の結果、誠に残念ですが、この度は採用を見送らせていただくこととなりました。ご希望にそえず申し訳ございませんが、あしからずご了承ください。貴殿の今後のご健勝を心よりお祈り申し上げます。略式ながらメールにてご通知申し上げます」


 スマホを持つ僕の手から力が一気に抜けた。


 冬晴れの空。


僕が立ち止まった道の脇には、昨晩に降ってとけた雪が泥にまみれて小さく固まっていた。学校帰りの小学生たちが先を争ってそれを踏もうと僕の横を笑いながら何人も通り過ぎていった。


(この先、最悪……バイトだけで乗り切れるのか……僕の人生)


 面接だけが残っているのが一社、でもその企業は、いや企業ではないな、その社は従業員が十名にも満たない零細な職場、賃金だって県の最低賃金に少し毛の生えた程度のものだった。


(そんなブラック……むしろ受かりたくない)


 大学同期の友人たちは、大なり小なり、就職先が決まり、実家の近くに帰るもの、大都市に出ていくものばかり。緑多い自然豊かなキャンパスが売り物の大学のあるこの街はというと、ぐるりと周りを見渡せば里山ばかり、かろうじて首都圏直通の特急が二時間に一本しかない私鉄駅がセンター街だ。


バイト先の数だってたかが知れている。そのバイト先で大学の後輩が就職浪人の僕に後ろ指で笑う光景がすぐそこに見える。


「はぁー」


 僕の口からは、ただただため息しか漏れない。


 (いっそ風になりたい……)


ありきたりなフレーズを思う僕の顔に涙代わりの鼻水がつたった。


(本当に風邪になってしまった……)


その日の夜から僕は高熱を出して寝込んだことは言うまでもない。


 解熱剤が効きすぎたのか、昨日から寝込んでいた僕は宅配員のドアチャイムでようやく目を覚ますことができた。


 「すいません、風邪気味なので、えーっとドア空いているので、前に置いておいてもらえますか」


 宅配員の青年は軽く返事をして荷物を置き、すぐに帰っていった。


 前に頼んでいた僕にとっては高い買い物だが、世間でいう安物のスーツ一式だった。


「しばらくこれを着ることもなさそうだ……」


(上様、早く起きるのじゃ)


 僕は一度、布団を頭からかぶって寝ようとしたが、そのスーツを着なくてはならない衝動にかられた。


 そう言えばあと一社だけあったな、たしか今日が面接の……。


「あぁっ!忘れていた」




僕は昔からあまり自分の方から他人に対してコミュニケーションをとることが好きではなかった。ただ単に面倒くさいだけで、相手の存在に対し、忌み嫌うとか、断固拒否するというほどの大げさなものではない。何か誘われたら興味があるものだったらしょうがないけど付き合うかぁ程度のものだ。そういう風に生きてきたんで、大学に入ってからは特に友人というほどの者はおらず、皆、顔見知り程度であった。


 人があふれる駅のコンコース。


なぜかこういう日に限って、その顔見知り連中に会うのは何でだろうと思う。で、またそれが、向こうから声をかけてくるような奴なのも本当に解せない。


「おっ、しじまぁ!久しぶり!大学、休みになってから顔を見てなかったんで元気してたのかよ、就活の方はうまくいってる?」


 ゼミ内でも付き合いが広い菅原はとても気さくな奴だが、結構、そういう奴は遠慮なく人の心の境界線を踏み越えてくる。


「あ、まぁ」


「絵にかいたようなその表情、それは失敗したな、でもな、まだ、あきらめるな、死にはしない、楽しいことなら世の中いっぱいあるさ」


 悪意があって言っているのではないことは伝わるのだけど、なぜ、そこまで断言できるか、この手の奴の思考回路はどうも僕には理解しがたい。


「なぁ柿本!」


柿本も僕と同じゼミで、一見、少し陰キャは入っているけれど僕ほどではない。彼も菅原と同様、僕の存在に気が付くとメガネの底にある瞳が輝いたように見えた。


「しじま氏、俺たちこれからゲーム大会に出るんだけどチケット買わない、一枚につき二百円安くしとくよ」


 ゲームにはあまり興味がない。僕はやんわりと断った。


「すいません、遅くなりました!」


 走ってきたのか、息を切らしながら頬を赤らめた高校生が僕たちの前に現れた。


「みやびちゃん!気にしない、気にしない!」


 菅原と柿本はにやけた顔で、その高校生を歓迎した。


「あ、この方は?」


「あ、こいつ、俺たちと同じゼミだったやつ」


「初めまして、菅原さんと同じゲームサークルの鹿内みやびです」


 この二人には釣り合わないほどの可愛い子だった。


「みやびちゃん、こんな奴にあいさつなんていいって、おっ、うちのもう一人の姫も来たぞ」


 高校生と同じように向こうから見覚えのある女性が近付いてきた。

 同じゼミだった『小野なな子』さんだった。


渋谷や代官山よりも秋葉原や下北沢が似合う大学の裏アイドルと呼ばれる立ち位置だ。なぜ、裏なのかというと、普段は薄化粧でありながら端正なその顔立ちから発せられる言葉は通常の若者の想像を逸脱する。


 例えば好きな乗り物は何かという質問をしたとしたら彼女はきっとこう答えるはずだ。


「好きな乗り物なら『シュトルムティーガー』、どっちかというとドレスデンの近くで捕獲されたクビンカ戦車博物館の色の方が好き」


 その深い見識と鋭い洞察に裏付けされた幅広いアングラ知識は既に神の領域である。また、それだけではない。アイドルたる所以、彼女の趣味の一つであるコスプレ画像や動画には多くの信者がおり、その界隈では『伝説の天女』とも呼ばれている。


「みやびちゃんも間に合ったの、よかったぁ!あれ、どこかで見た人ね」


「姫、もう忘れちゃった?ほら同じゼミの」


「あっ!しじまくんじゃない!スーツ何て着ているからまるで別の人みたいね」


「そ、それじゃ僕、用事あるから」


 僕は挨拶もそこそこにその場から離れた。遠くから少しだけ振り返ると、もう彼らは僕のことを忘れたかのように談笑していた。




 今日、面接で訪問する会社が入っている雑居ビルはエレベーターも付いていない昭和レトロを醸し出していた。


「五階か……」


病み上がりの身体にとって薄暗くかび臭い階段は良い影響を与えない。


(やめよう……ここはやめた方がいい気がする)


 僕の本能はそのように命じたが、やめても職がある訳でもない。


 僕は手書きの企業名の入った看板の横の呼び鈴を押した。


「はい、どうぞ入って!」


 明るい女性の声が扉を通して聞こえてきた。


 部屋に入ると従業員は誰もおらず、パソコンのモニターの前に若い女の子がひとり座っているだけだった。机の上には場に似合わない女の子のフィギアが一体置かれている。


 随分と自由な職場なんだと僕の当初の不安が少しだけ薄れた。


「貴社の面接に来ました……」


「しじまあきつくんね、たしか小学校の頃は『ボウ』って呼ばれていなかった?」


「えっ、どうしてそれを?」


「当然じゃない」


 こちらに向き直った女性は僕を見てニコリとほほ笑んだ。


「モリワキルナ……わたしのこと忘れちゃった?」


 小学生の頃の同級生だった。

 僕の初恋の女の子。

 たしか……。


「ボウったらみんなに内緒で転校したでしょ、先生に聞いても住所教えてくれなくて、みんな本当に心配したんだよ、まぁ、そのことは後でゆっくり説明してもらうからね」


 父親の浮気が原因で、母が僕を連れて実家に帰ったのが理由なのだが、そんなことみんなに話すことなんてできなかった。


「兄が社長なんだけど、今、出張してるの、他のみんなも営業に出てるわ、もちろん覚えているでしょ、モリワキイツキ、女の子たちはみんな休憩中、もうすぐ戻ってくるよ、カエデとかジュンとか」


 僕は夢でも見ているようだった。ベンチャー企業……まだ、企業まではまったく到達していないが会社の代表者が小学校の同級生だなんて。


「立ち上げたばかりの会社だけど、必ず大きくして見せるって、口だけは昔から大きいことを言うけどね、どうだか」


 昔の彼女はもっとおとなしかったような気がするが、目の前の彼女は何でもはっきりと話す。でも、顔は本当に美しく、その満月のように輝く瞳に何度も心が吸い込まれそうになった。


「えーと、ちゃんと話聞いてくれているのかな?」


(上様、ちゃんとわしの話を聞いておるか?)


「も、もちろん」


(あれ?……こんな会話をどこかでしていたような……)


「あの……僕は?」


「もちろん合格よ、もう席はそこに用意している、ヒロトとレンの間ね、保険とか面倒な書類が封筒に入っているからすぐに書いちゃってね、送られてきたエントリーシート見て、みんな驚いていたのよ、これも何かの運命だって」


 換気のために開けていた窓から涼やかな風が入ってきた。


 ノートパソコンの置かれた机上に一枚の社名入りの白封筒が置かれている。


その封筒には『くとねしりかコーポレーション』と三日月のマークにかわいいロゴが小さく蒼い文字で入っていた。




おわり


閲覧してくださった皆様にたいへん感謝申し上げます。

次回作もお付き合いいただけたら幸いです。

皆様のご多幸をお祈りいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ