犬が好きかと問われると
バス停に立っていると、散歩中の犬は私とすれ違った途端、もれなく振り返る。
こちらに来ようとして、飼い主さんに叱られながら引きずられて行く子もいる。
多分、犬の匂いがするんだな。
けれど犬が好きかと問われたら、二十代までは『いいえ』と答えたはずだ。
それまでの人生の中で、犬にいい思い出はなかったからだ。
私が子供の頃は、室内犬の事を『座敷犬』と呼んでいた。
たいていは真っ白いスピッツかマルチーズで、これがまたよく吠える。今のような良質のドッグフードもペットシーツもないため、匂いもキツイ――全くかわいいと思えなかった。
さらに私の犬嫌いに拍車をかけたのは、近所の土建屋さんが飼っていた2頭のジャーマンシェパードだった。
トラック置き場の入口の、頑丈な鉄柵の向こうに犬達はいたが、近くを通るたびに吠えて威嚇してくる。番犬としては優秀でも、子供には怖さしかなかった。
いつかペットを飼う日が来たなら、猫がいい。ずっとそう思ってきた。
ところが、結婚した男は猫嫌いだった。
彼はある日、『そうだ。犬を飼おう!』的なノリで犬を迎えようとした。
ちょっと待て。
私は『もう一人子供がいてもよかったよね』と言ったんだけど。その流れからの犬?!
「大丈夫。家の人には吠えないから」
なんだ、その根拠のない太鼓判は。
いいか。私は犬の世話なんてしないぞ。
しないったらしない……はずだったんだけどな。
七夕の日にやってきた子は、まんまるい目をしたかわいい破壊神だった。
今、犬が好きかと問われたら、迷わず『はい』と答えるだろう。
なぜならば、あの七夕の日から、犬にはいい思い出しかないからだ。
よその犬に吠えられても気にならなくなった。犬は吠えるものだと知ったから。
とはいえ、
さすがにジャーマンシェパードは、ね……うん、無理だね。