やさしい大魔法使い
本日、書籍2巻発売です……!
よろしくお願いします( ; ᴗ ; )
「……新、やさしい大魔法使い?」
「あっ」
エルが戻ってきて、1ヶ月が経ったある日。何気なくわたしの本棚を見ていたエルは、「は?」という声を漏らした。
「おい、なんだよこれ」
「実はその、新しい本が出ていまして……」
「はあ?」
そう、実はエルがいない間に『新やさしい大魔法使い』という絵本が出版されていたのだ。
前回の絵本が出版されてから既に100年が経っているため、今の世代の子供たちにも大魔法使いのことを知ってもらおうと、クラレンスが言い出したのがきっかけだった。
本人がいないときに勝手にいいのかと尋ねたものの、ユーインさんもシャノンさんも、「前回も無許可だから」と笑顔で言い、そのまま本当に絵本を作ってしまった。
そして戻ってきたエルに、誰も報告しないまま今に至る。わたしもエルが戻ってきたことに日々浮かれ、完全にこの絵本の存在を彼に伝えるのを忘れていた。
「まっじでふざけんな。この気色悪い本をわざわざ新しく作って売るとか、どうかしてるだろ」
「でもね、すごくいい本なんだよ! 大魔法使い様が世界を救うために頑張ってくれてる、ってお話なの」
訝しげな視線を向けてくるエルは、やがて手元の本へと視線を落とす。本当に素敵な一冊だから読んでみてほしいと必死に訴えれば、エルは深い溜め息を吐き、本を開いた。
「誰だよこれ、美化しすぎだろ」
「俺はこんなこと言ってない」
「あんのクソメガネ」
ページを捲りながらずっと文句を言い続けていたエルはやがて、ぴたりとその手を止めた。
「──これ、もしかしてお前?」
「ええと、そうです……」
細く長い指先が指し示していたのは、一人の少女の絵で。
最初の『やさしい大魔法使い』に出てくるお姫様は、桃色の髪をした美女だった。それについてはシャノンさんが画家を買収し、自身の姿を描かせたからだと聞いている。
『仕方ないから、今回はお前をモデルにしてあげるわ。前の画家は流石に死んでたから、新たに腕の良いのを探したの』
せっかく作り直すのだからわたしをモデルにすると言い、ラストのお姫様を助け出すシーンは、金髪の桃色の目をした平民の女の子を助ける話になっていた。
しかも最後は二人が結ばれるという話にまでなっていて、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになった。なんといま王都では貴族から平民まで、この絵本が流行っているらしい。
「……ふーん」
エルはわたしの説明を聞きながら最後まで目を通すと、ぱたんと本を閉じ、わたしに手渡した。
てっきりまた文句を言われると思っていたのに、心なしか機嫌がよさそうにも見える。
「お前、これも気に入ってんの」
「うん! 前のも大切だけど、これも宝物だよ」
『やさしい大魔法使い』は物心ついた時からずっとずっと大好きで、支えになっていた絵本だった。
「こうして新たに、たくさんの人のもとへ届くのもすごく嬉しい。わたしみたいにこの絵本が大好きになって、救われる人もいるかもしれないもの」
「こんな大魔法使いなんて存在しないのに?」
「ううん。エルは十分、やさしい大魔法使い様だよ」
「……バカじゃねえの」
ふいとわたしから顔を反らしたエルは、そのままソファへと向かうと、どかりと腰を下ろす。
「俺はお前にしか優しくするつもりはないけどな」
「……っ」
戻ってきてからのエルは、すごく素直になった。お蔭でわたしは常にドキドキしてしまっている。嬉しくなったわたしは本を抱きしめると、エルのもとへ駆け寄った。
「ねえねえ、読み聞かせてあげようか」
「いらん」
「いつか子供が産まれたら、プレゼントするんだ。寝る前に読み聞かせてあげたいな」
母がしてくれたように、何度も読み聞かせてあげたい。そしてこの絵本を、大魔法使い様を大好きになってほしい。
そんな思いを胸にエルにぎゅっと抱きつくと、エルは再び深い溜め息を吐いた。
「……お前、ほんとどうなってんの」
「うん?」
「キスひとつ恥ずかしがってまともに出来ないくせに、子供とか何とかよく言えるよな」
顔を上げると、少し顔の赤いエルと視線が絡む。そして自身の発言の意味を理解したわたしもまた、顔が熱くなった。
──けれど、そんな幸せでやさしい未来がそう遠くないことを、わたしはまだ知らない。