やきもち
五章くらいのふたりです。
「……なに、そいつ」
「かわいいでしょ? ミュウちゃんて言うの」
「名前を聞いた訳じゃねえよ」
エルはそう言うと眉を顰め、再び窓から出ていこうとするものだから、わたしは慌てて引き止めた。
実は今日から3連休のうち2日間、クラスメイトが内緒で飼っている猫を預かることになっている。預かってすぐに、わたしの部屋へエルが遊びにきてくれたのだけれど、彼は猫を見るなり引き返してしまったのだ。
「エル、猫は嫌い?」
「好きでも嫌いでもない」
「そっか、それなら良かった」
「何も良くないだろ」
シャツを引っ張り続けていたところ、なんとかエルは部屋の中へと戻ってきてくれて、ほっとする。
それと同時に、部屋の隅でじっと黙っていたミュウちゃんはタッタッと走りだし、ぴょんと思い切り跳んだ。
そしてそのまま、ベットに寝転んだばかりのエルの隣にちょこんと腰を下ろし、すり、とエルの手に額を擦り付けた。その可愛らしい様子に、胸がきゅんと締め付けられる。
「わあ、ミュウちゃんはエルのことが好きなんだね! いいなあ……わたし、抱っこもさせてもらえなくて」
元々人見知りだとは聞いていたけれど、わたしは近寄ることさえできなかった。けれど、どうやらエルのことは気に入ったようで自ら近づき、懐いているようだった。
羨ましがるわたしを他所に、エルは「なんだお前」「あっち行けよ」なんて言っている。けれど手を舐められたり、お腹のあたりに乗っかられたりしても、振り払うことはない。
銀髪美少年と白猫、なんだか絵になる組み合わせだ。
「ミュウちゃん、わたしとも遊ぼう?」
「…………」
やはりわたしが抱っこしようとしても、するりと逃げてしまう。そしてまた、エルのところへと戻っていく。
「やっぱり、エルのことが好きなんだね」
「知るか」
そう言ったものの、いつの間にか手のひらでミュウちゃんとじゃれあい始めていたエルは、満更でもなさそうだった。
◇◇◇
「ほら、食え」
「みゃ」
「上手いじゃん」
そして、2日後。当初はあっち行け、なんて言っていたエルはいつの間にか、ミュウちゃんと仲良くなっていた。
今もクラレンスに作らせたらしい猫用のおやつを、楽しそうにあげている。もちろん二人が仲良しなのはとても嬉しいし、可愛くて見ていて和むのだけれど。
エルがあまりにもミュウちゃんにばかり構うものだから、わたしは寂しくなってしまっていた。
「ジゼル様、本当にありがとうございました」
やがて、飼い主であるクラスメイトがミュウちゃんを迎えに来て、わたしは二人を送り出し、自室へと戻る。そうしてエルの元へと向かうと、ぎゅっとその背中に抱きついた。
「ジゼル?」
自分でも猫にやきもちを焼くなんて、あまりにも子供みたいだと分かっている。
これくらいで拗ねるのも、寂しがるのも恥ずかしいと思うし、そもそもわたしが預かった猫を、エルが面倒を見てくれていたこと自体が奇跡みたいなものだろう。それでも。
「……わたしも、エルにかまって欲しい」
ずっと一人が当たり前だったのに、わたしはいつからこんなにも我儘で、寂しがりやになってしまったんだろう。
そう呟いてすぐに、わたしの言葉を聞いたエルが笑ったのが分かった。自分でも、だんだんと恥ずかしくなってくる。
「お前、ほんとクソガキだな」
「だ、だって」
「こっち来れば?」
こっち、というのはエルの正面のことだろう。
そう言われてすぐに移動してしまうことに恥ずかしくなりつつ、エルの正面に腰を下ろすと、そのままぎゅっと抱き寄せられた。どきりと、心臓が大きく跳ねる。
「もっと早く言え」
「えっ?」
「俺はあんまり、そういうの察してやれないから」
なんだか、エルらしくない言葉だった。
その上、ひどく優しい手つきで頭を撫でられたことで、先程まで感じていた寂しさなんて、一瞬で吹き飛んでしまう。
じわじわと愛しさが込み上げてきて、とエルの胸元に顔を寄せる。すると「猫みたいだな」と笑われてしまった。
「猫になりたいって、ちょっとだけ思ったもん」
「俺はお前が猫になったら困るんだけど」
「どうして?」
「察しろ、バカ」
そんなやり取りの後、わたしがだんだんと恥ずかしくなってきても、エルはなかなか離してくれなくて。
「……あの、エル、もう」
「かまって欲しいって言ったの、お前だろ?」
それからわたしは、ひどく落ち着かない、けれど嬉しくて幸せな1日を過ごすことになる。




