輝いて見えたのは、きっと 7
なんだか、物凄い誤解をされている気がする。
焦ったような表情を浮かべるエルを、わたしは呆然としながら見つめていたけれど。やがてはっと我に返ると、慌てて首を左右に振り否定した。
「ごめんね、本当に違うの」
「嘘つくな」
「う、嘘じゃないよ! 歳とか気にしないし、前のエルもそうだけど、今も世界で一番格好いいと思ってるよ!」
「……あっそ」
必死にそう伝えれば、彼は見るからに安堵した表情を浮かべた。そんな彼を見たわたしも、思わずほっとしてしまう。
「じゃあ、何であんな態度だったんだよ」
「……ええと、なんかエルがすごく遠い人になっちゃったみたいで寂しくて、戸惑っちゃって」
「は?」
「わたしには、何もないから」
わたしなんて、おこぼれで貴族になったような人間だ。あとは少し人より魔力が多いくらいで、胸を張れるようなことなんて何ひとつない。エルとは、住んでいる世界が違う。
けれどそんなわたしに向かって、エルは「本当、クソバカだな」と言うと、こつんと額と額を当てた。
「俺は何も変わってない」
「か、変わったよ、すっごく」
「まあ、お前からすれば変わったかもな。でも俺自身も、俺の気持ちも何ひとつ変わってない」
「……気持ち?」
「ああ」
エルは小さく頷き「それに」と続けた。
「お前に、何もないなんてことはないだろ」
「えっ?」
「そもそも、この俺がお前に何を求めてると思ってんだよ」
エルがわたしに、何を求めているのか。そんなこと、考えてみたこともなかった。さっぱり分からない。
考え込むわたしを見て、エルは呆れたように笑う。
「お前はいつも通り俺の側にいて、俺を好きだってしつこく言ってるだけでいい」
そう言うと、エルはわたしをふわりと抱き寄せた。エルの体温と優しい匂いに包まれ、涙腺が緩んでいく。
「ほ、本当に、それだけでいいの?」
「ああ」
「それなら、いくらでも言う」
そして早速好きだと伝えれば、エルは「あと100回」なんて言うものだから、思わず笑ってしまう。
「……逆にわたしのこと、お子ちゃまだと思ってない?」
「まあ」
「えっ」
「大人ではないだろ、お前」
よく考えてみると、エルとわたしの年齢差はかなりのものだ。今なら、シャノンさんがわたしを幼女だとか赤子扱いしていた理由もわかる気がする。
エルと釣り合うように、もっと大人っぽくなった方がいいだろうか、なんて考えていた時だった。
「でも俺は、そんなお前がいいって言ってるんだけど」
そんな言葉に、ひどく安堵したわたしは「ずるい」「だいすき」と繰り返しながら、泣いてしまうのだった。
◇◇◇
「……あれ、小さくなってる」
「ベッドが小さい上に、お前が暴れるから寝辛かった」
あの後、わたしは泣き疲れて眠ってしまったらしく、目が覚めるとなんと朝だった。
すぐ隣にはエルがいて、彼は何故か同い年くらいの姿になっている。魔力が戻った今はもう、自身の魔法で自由に好きな姿になれるんだとか。
昨晩お風呂にも入れていないと慌てれば、一瞬で綺麗になる魔法をかけてくれた。便利すぎる。
彼はやがて大人の姿に戻ると、思い切り両手を伸ばした。余程寝辛かったのだろうと、申し訳なくなってしまう。
「あ、今日一日休みになった」
「そうなの? じゃあ今日はずっと一緒に居られる?」
「ああ」
「やった、嬉しい!」
わたしはまだ授業に出ないよう言われているし、なんだかサボりみたいになってしまうけれど。エルと一日ゆっくり過ごせるのは、とても嬉しい。
「そう言えばエル、学園は?」
「辞める」
「えっ」
「これから忙しくなるからな」
「……そっか」
寂しいけれど、こればかりは仕方ない。
そもそもユーインさんも、呪いを解くきっかけになるからと魔法学園に通うよう薦めていたのだ。それが解けた今、魔法を極めている彼が、通う理由なんて何一つない。
「あれ、結局どうして呪いが解けたの?」
「……忘れた」
「絶対うそだ、気になるから教えて」
「うるさい」
「ねえねえ、教えてよ」
そうして、いつものようにじゃれ合うつもりでエルに近づいた途端、ずるりとバランスを崩した私はなんと、彼を押し倒し、その上に跨るような体勢になってしまっていた。
「ご、ごめん……!」
慌てて退けようとしたけれど、いつの間にか手首をしっかりと掴まれていて、それは叶わない。
やがて彼は、ひどく真剣な表情でわたしを見つめた。その瞳は何故か切なげに揺れていて、なんだかエルらしくない。不安になり、何かあったのかと尋ねようとした時だった。
「……お前にとって、数年はきっと長いんだろうな」
彼は突然そんなことを、呟いたのだ。
「どういう、意味?」
「いや、こっちの話」
「へんなの」
意味は分からなくとも、エルの表情やその雰囲気から、なんだか胸騒ぎがしてしまう。
とにかく、この体勢は落ち着かない。けれどエルの手は、未だにわたしの手首を掴んでいる。
「お、降りたいんですが」
「なんで」
「なんでとかじゃなくて、おかしいもん」
「俺のこと、好きなんだろ」
「それはもちろん、好きだけど」
「本当に何があってもずっと、俺だけを好きでいられんの」
そんな問いに、縋るような視線に、戸惑ってしまう。
やっぱり、今日のエルはなんだか変だ。何かあったのは間違いないけれど、さっきの様子を見る限りきっと教えてはくれないのだろう。そんな彼に対してわたしに出来ることなんて、正直に答えることくらいで。
「うん、ずっとずっと好き。ええと、エル以外にほんの少しでも気持ちが動いたら、死んじゃう魔法とかない? そういうのかけても大丈夫なくらい、自信あるよ」
するとエルは一瞬、驚いたような表情を浮かべたけれど。すぐに「そんな魔法ねえよ」と困ったように笑った。
「……やっぱりお前のそういうところ、嫌だ」
そんな言葉が耳に届くのと同時に、掴まれていた手首が思い切り引かれて。次の瞬間には、唇が重なっていた。




