目を閉じて、耳を塞いで 5
二人でエルの部屋へと戻れば、そこにはシャノンさんだけでなく、戻ってきたらしいユーインさん、そしてクラレンスの姿もあった。大集合だ。
「こんにちは、ジゼルさん。今日も素敵ですね」
「ありがとうございます、お久しぶりです」
「相変わらず仲が良いようで、安心しました」
ユーインさんは繋がれたままのわたし達の手を見ると、嬉しそうにふわりと微笑んだ。
ついエルに付いて来てしまったけれど、このメンバーを見る限り、わたしは場違いのような気がしてしまう。
「あの、わたし、もしかしてお邪魔では……?」
「邪魔に決まってるでしょ、さっさと消えなさいよ」
恐る恐るそう尋ねれば、ソファに座り長く細い脚を組んだシャノンさんが、きっぱりとそう言った。その表情はひどく不機嫌そうで、やはり妙な迫力がある。
きっと彼女の言う通りだ。また後で改めて遊びに来ようと思っていると、エルが口を開いた。
「シャノン」
その声は驚くほどに低く、冷たい。
「俺が連れてきたんだ、文句を言うな。お前との話はとっくに終わったことだし、お前が帰れば?」
「エルヴィス、冷たい……でもそういうところも好き……」
エルのそんな言葉を受け、シャノンさんは見るからにしょんぼりとした表情を浮かべている。
けれどすぐに、彼女はきっとわたしを睨みつけた。
「いい? エルヴィスにほーんのちょっとだけ気に入られてるからって、調子に乗らないでよね!」
「あ、あの……」
「お前みたいな子供、手すら出されないでしょう?」
その口元には、小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。
……手を出す、とは一体どういう意味なんだろう。初めて聞く表現に、わたしは首を傾げた。
少しの間色々と考えてみたけれど、やがてわたしの中で手を差し伸べるという意味かもしれない、との結論に至った。
それならば過去に、エルは池に落ちかけたわたしを助けようと、手を伸ばしてくれたことがある。
「あの、出してくれたことはあります」
だからこそ、わたしはそう答えてみたのだけれど。その瞬間、その場にいた全員が何故か固まった。
そしてゲホゴホと、突然クラレンスが咳き込んだ。そんなに驚くことだったのだろうか。
「は? 嘘でしょう……?」
シャノンさんもまた大きな瞳を更に見開き、ひどく驚いた様子で。彼女は焦ったようにエルに向き直った。
「エ、エルヴィス、本当なの……? この小娘の嘘よね?」
縋るような視線を向ける彼女に対し、エルは意地悪い笑みを浮かべると、何故かぐいとわたしを抱き寄せた。
「出したけど?」
エルのその言葉に、やはり意味は合っていたんだと安堵する。すると同時に、シャノンさんは両手で顔を覆った。そのすぐ後ろでクラレンスもまた、頭を抱えている。
ユーインさんだけは、ひどく楽しそうに笑みを浮かべていた。そんなにも、驚いたり悲しんだりすることだろうか。
「エルヴィスにそんな、幼女趣味があったなんて……」
「ふざけんな、幼女じゃねえだろ」
「幼女どころか赤子よ、こんなの!」
シャノンさんはわたしを指差すと、そう言ってのけた。なんだか酷い言われようだ。確かに彼女はとても大人びた雰囲気はあるけれど、身体の大きさにあまり違いはないのに。
「もう、エルヴィスなんて知らない! バカ! 大好き!」
やがて、シャノンさんは部屋を飛び出していった。
ここは男子寮だというのに、普通にドアから出て行ってしまったけれど、大丈夫だろうか。
「シャノンさん、大丈夫かな……?」
「全然大丈夫です。彼女は昔からこんな感じですから」
「クソ女め」
ユーインさんもクラレンスも、全く気にしていない様子だった。エルもまた、いつも通りで。皆のお互いをよく知っているようなその様子が、少しだけ羨ましくなった。
「とにかく、今後俺に隠し事はするなよ」
「分かりました。エルヴィスにはまだ、学生生活をのんびりと満喫して頂きたかったんですが……」
「余計なお世話だ」
今日もひどく偉そうなエルは、壁に背を預けると今度はクラレンスへと視線を向けた。
「俺はクソババアのせいで、まだこの通りなんだ。この近くで何かが起きたら、お前が全部なんとかしろよ」
「は、はい! 心得ております」
それからは三人が何かの話をしている間、わたしはエルの隣で大人しくその辺にあった本をぱらぱらとめくっていた。やっぱり、難しすぎてさっぱり意味がわからない。
やがて話は終わったらしく、わたしも会話に入れてもらい三人で他愛の無い話をしていたのだけれど。
何故かクラレンスだけは、わたしとエルを見比べてはひどく気まずそうにしていた。
「そういえばエル、ちょっと大きくなったよね」
「まあな」
「そろそろ止まったりして」
「はっ、バカかお前。俺は───だったんだぞ」
なんだか久しぶりに、このもやもやを聞いた。入学した頃よりも、エルは数センチほど背が伸びた気がする。
「おい、ユーイン」
「何でしょう?」
「お前の言う通り学生ごっこをやってんのに、全然ババアの呪いが解けそうにねえんだけど。どうなってんだよ」
「いえ、ほとんどもう解けていますよ」
そんなユーインさんの言葉に、エルの瞳が見開かれた。
「…………は?」




