いつか終わりが来るのなら 4
「君さえ居てくれれば、もう何も望まない」
「アレン様……」
「一生君を、リリアナだけを愛している」
「…………」
「…………ジゼル?」
「あっ、す、すみません!」
放課後、クライド様と演劇の練習をしていたわたしは、彼の迫真の演技に圧倒されてしまっていた。
リリアナと呼ばれていても勘違いをしてしまいそうになるくらい、彼の声も瞳も、表情も何もかもが、愛していると訴えかけてくるのだ。クライド様は王子という立場では無かったら、俳優として大成していただろうと本気で思った。
「少し休憩しましょうか」
「はい、すみません」
お言葉に甘え、近くにあった椅子に並んで座る。少し離れているところに座っていたリネにも声を掛けたけれど、自分はここでいいと言って譲らない。そして何故かその手には、以前見かけたスケッチブックがあった。
「クライド様、本当に演技がお上手ですね。思わずドキドキしちゃいました。役になりきるって、難しくて……」
「ありがとう。とはいえ、僕は本気も混ざってますから」
「えっ?」
「君のことがいいな、好きだなって気持ちがあるから、役に入りやすいのかもしれないですね」
クライド様は、そんなことをさらりと言ってのけた。
驚きを隠せず、その整いすぎた顔を見つめることしかできないわたしに、彼は尚も続けた。
「ジゼルも僕のことを好きになってみては? きっと、演技も上達しますよ」
わたしの髪をそっと一束掬い、微笑んでみせた彼はまるで絵本の中から出てきた王子様のようだった。冗談だと分かっていても、この状況でときめかない女性はいないだろう。
例に漏れずしっかりときめいてしまったわたしは、まっすぐに向けられる視線に耐えきれず、慌てて俯いた。リネの声にならない悲鳴が、背中越しに聞こえてくる。
「わ、わたしとクライド様では釣り合わないですし」
「君が僕のことを好きになってくれるのなら、それくらい全力でなんとかしますよ」
言うことがいちいち、格好良すぎる。ひどく戸惑い、落ち着かないわたしとは裏腹に、クライド様の形のいい唇には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「劇の間くらいは、僕だけを見てくださいね」
そしてそれから、わたしはクライド様を直視することが出来ず、その日の練習は終わりになったのだった。
◇◇◇
その後わたしは、二人と別れ男子寮のエルの部屋へとやって来ていた。本当に、先程のクライド様は心臓に悪かった。彼の演技とスター性だけで、劇はもう成功する気がする。
ソファでだらだらとしていたエルの隣に座ると、わたしは早速火魔法について相談してみた。
「まあ、そろそろいいんじゃねえの」
「本当? どうしたらいい?」
「ユーインに言え」
「えっ?」
「あいつは起こすの得意だから」
そんなことまで出来るなんて、ユーインさんは一体何者なのだろうか。ずっと気になってはいたものの、なんとなく深く聞いてはいけない気がしていた。
たとえ尋ねたところで、いつものように「内緒です」と微笑まれて終わりのような気もするけれど。
「いきなり起こしたいなんて、どうしたんだよ」
「攻撃魔法、覚えたいなと思って。なんか最近物騒だし」
「へえ、お前にしてはいい判断だな」
何故か褒められてしまった。とにかく、近いうちにユーインさんにお願いしてみよう。
そう決めたわたしは、先程から話をしている間、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ねえ、なんかエル、近くない?」
そう、なんだか彼との距離が近いのだ。物理的に。
それもエルしか好きにならないという、謎の約束をしてからな気がする。今だって、何故か彼の片腕はわたしの首元に回っているせいで、ぴったりとくっ付く形になっていた。
「文句あんのかよ」
「ない、けど」
「そもそも、いつもくっ付いてくんのはお前の方だろ」
それはそうだけれど。なんというか、こちらからくっ付いていくのと、エルの方から距離を詰められるのでは大きく違うのだ。落ち着かなくて、ソワソワしてしまう。
「もしかしてお前、照れてんの?」
「ま、まさか! 違うよ」
「だよな、お前は俺のこと好きにならないらしいし」
エルはそう言って、ひどく意地悪い笑みを浮かべた。
彼は最近、その言葉をよく口にする。何故かは分からないけれど、多分、いや間違いなく根に持っているようだった。
「じゃあエルは、わたしのこと好きになる可能性あるの?」
売り言葉に買い言葉でそう尋ねてはみたものの、いつものように「バカじゃねえの」と返ってくると思っていたのに。
「ああ」
「えっ?」
「あるかもな」
彼は表情を変えずに、そう言って。予想もしていなかった答えに、わたしの口からは間の抜けた声が漏れた。
「えっ、ほんとに……?」
「さあ」
「どっち?」
「お前次第」
「い、意味わかんない」
結局、それからは何を尋ねても「さあな」という言葉しか返ってこなかった。訳がわからない。
きっと、いつものようにからかわれているに違いない。
そう分かっていても何故か、わたしの心臓はそれからしばらく落ち着いてはくれなかった。




