いつか終わりが来るのなら 3
「どうした」
「えっ?」
「キノコ生えそうなくらいジメジメしてるぞ、お前」
その日の放課後、わたしはいつものようにエルの部屋を訪れたものの、ただ彼の隣に座ってぼんやりとしていた。
いつもうるさいくらいに喋っていたわたしが、あまりにも静かだったせいだろう。流石の彼も心配してくれたらしい。
「……恋ってね、ほとんどがいつかは終わるんだって」
「は?」
「なんか、ショックだったの。ロマンス小説ではみんな、結婚して幸せハッピーエンドばかりだったし」
そして先程聞いた話をかいつまんで話せば、エルは「くっだらな」と鼻で笑った。
「レベッカちゃんもあんなに幸せそうだったのに……幼馴染みって関係も崩れちゃって、二度と会わないって別れちゃうなんて、悲しすぎると思わない?」
「知るか」
「……わたしも好きになったりしなければ、エルとずっと一緒にいられるよね?」
不安になりながらもそう尋ねると、何故かエルの表情はみるみるうちに不機嫌なものへと変わっていく。
「は? なに?」
「えっ」
「あれだけ俺のことが好きだとか言っておいて、今更好きじゃないとでも言うのかよ」
「えっ、ちがうよ、恋愛の好きってこと! エルのことはもちろん家族として大好きだよ。世界一好き」
慌てて否定したものの、エルは更に苛立ったような様子を見せ、整いすぎた顔を近づけてきた。
「へえ? お前は俺を、そういう好きにはならないと」
「な、ならないよ」
「他のやつのことは」
「えっ? たぶん、ならないけど」
そう、答えた瞬間。わたしの両頬は、エルの片手によってぎゅむっと鷲掴みにされていた。今のわたしは、間違いなくタコのような不細工な顔になっているに違いない。
「なんだよ、多分って」
「ふぉえ」
「むかつく」
その上、彼は不機嫌どころかもはや怒っているらしく、思いきり睨まれてしまった。
「な、なんれ、うかつくろ?」
「知るか」
「ほんなこほ、ひはれへも……」
「とにかく、お前が悪い」
自分でも何を言っているかわからないのに、よく伝わるなと変に感心してしまう。
やがて顔から手が離されたかと思うと「バカじゃねえの」なんて言い、エルは続けた。
「お前が俺以外を好きになるとか、許すわけねえだろ」
「…………えっ」
よく分からないけれど、なんだか今、ものすごいことを言われた気がする。
「ど、どうして……?」
「文句あんのかよ」
「いえ、そう言うわけでは……」
「返事は」
「えっ?」
「返事は?」
「わ、わかった」
慌ててそう答えれば、彼はいつもの意地の悪い笑みを浮かべ、わたしの長い髪をくるくると指に絡めた。どうやら最近のエルの、機嫌のいい時の癖らしい。
「その代わり、死なない限りは一緒にいてやってもいい」
「しなないかぎり……?」
「ああ」
そしてわたしから離れると、エルは何事もなかったかのように再びお菓子を食べ始めた。本当に、訳がわからない。死なない限り、なんて物騒な言葉が突然出てきたのも謎だ。
もしかして、今のは焼きもちの一種なんだろうか。これだけ一緒にいるのだ、エルはわたしのことを所有物のように思っているのかもしれない。おもちゃを他人に取られて怒る子供に近いような気がする。
とは言え、エルの機嫌も直ったようだし、これからも一緒には居てくれるようで。まあいいかなんて思いながら、わたしはエルの肩に頭を預けた。
◇◇◇
「今日ね、放課後クライド様に演劇の練習を付き合っていただくんだけど、良かったらリネも来てくれない?」
「あっ、はい。もちろんです」
笑顔は浮かべているものの、いつもよりも元気がないようで。心配になり何かあったのかと尋ねると、リネはきょろきょろと周りに人がいないのを確認した後、口を開いた。
「実はさっき、知り合いの先輩から聞いたんですが、三年後期でやるはずの魔物討伐実習を、二年後期でもやることになったらしいんです」
「そうなの?」
「はい。もしかして、先日あんな場所に魔物が出たことが関係しているんでしょうか……? そう思うと、怖くて」
先日リネの家に遊びに行った際、都市部にも関わらず、魔物が現れたことを言っているのだろう。大騒ぎになってもいいはずなのに、その話を他からは聞くことはなく、わたしも違和感は感じていたのだ。
「それに先日はバーネット様に頼り切りで何もできませんでしたし、もっと攻撃魔法を練習しようかと思ってるんです」
「攻撃魔法……」
リネは水魔法使いで、Sクラスなだけあってかなり魔力量も多く、才能もあるようだった。
一方、わたしの光魔法は攻撃には向いていない。眠っているらしい火魔法の方は、ある程度光魔法を使いこなせるようになってからがいいと言われていたのだけれど。
光魔法の方も馴染んできたし、そろそろ起こしてみてもいいような気もする。そう思ったわたしは、演劇の練習が終わったあとエルに相談してみることにしたのだった。




