まる、さんかく、しかく 3
「ねえエル、今日は夜更かしをするから、昼間のうちにたくさん寝ておいてね」
「は?」
夏休みも後少しとなった今日。残りの宿題をやりながら、わたしは相変わらずベッドで寝転がるエルに声を掛けた。
エルが宿題をやっている様子は全くないけれど、大丈夫なのかと尋ねても「余裕」としか言わないのだ。怪しい。
「今夜だよ、リネが言ってた流星群が見れるの」
「へえ」
「へえ、じゃなくて! 一緒に見にいこうね」
「だるい。興味ない」
調べたところ、今日の日付が変わる頃に流星群が見れるようなのだ。いつも早寝早起きのわたしも、間違いなく眠たくなってしまうから、これが終わったら昼寝をするつもりだ。
「とっても楽しみ。お願いごと、考えておかないと」
「バカじゃねえの、そんなもん叶う訳ないだろ」
「とにかく、見に行こうね。お願い!」
そう必死にお願いをすれば、エルはなんとか首を縦に振ってくれた。最近のエルは、前よりもさらに優しくなった気がする。相変わらず口や態度は悪いけれど。
「とりあえず寝る」
「うん。子守唄はいる?」
「いらん。音痴だもん、お前」
「ひどい」
そうしてエルは、あっという間に眠ってしまった。いつでもどこでもすぐに眠れるのは、もはや彼の特技な気がする。
相変わらず、エルの寝顔は天使のようだ。ついしばらく眺めてしまったわたしは、慌てて宿題を終わらせるとソファに横たわり、目を閉じたのだった。
◇◇◇
「こんな時間に外に出るの、ワクワクするね……!」
「ほんっとガキだな、お前」
そしてその日の夜、日付が変わる少し前。わたし達はエルの魔法で、時計塔の上に登った。この学園で一番高い場所なのだ。先生に見つかったら、怒られそうだけれど。
座りやすそうな平らな場所に、並んで腰かける。二人して夕飯の時間が過ぎるまで爆睡してしまったお陰で、こんな時間でも目が冴えていて、とても元気だ。
「まだかな? ドキドキしてきちゃった」
「星なんて見て何が楽しいんだよ」
「きっと、すごく綺麗だよ」
ふと目線を下に向ければ、敷地内のあちこちに空を見上げている人々がいて。そのほとんどが男女2人組だった。
『男女で見ると、永遠に結ばれるっていうお話もあるんですよ。とてもロマンチックですよね』
以前、リネがそう言っていたことを思い出す。だからこんなにもカップルが多いのかと、一人納得した。
もしかすると、他の人からはわたし達もそういう風に見えたりするのだろうか。そんなことを考えると、なんだかくすぐったいような、そわそわした気持ちになってしまう。
「わあ……!」
そうしているうちに、夜空には少しずつ星が流れ始めた。星が流れていくスピードは、想像していた何倍も早い。願い事をする時間があるだろうかと不安になるくらいだ。
あらゆる方向へと流れていく星達は、まるで生きているようで。想像していた数倍、数十倍、綺麗だった。
「本当に、綺麗だね」
「……ああ」
てっきり、いつものように「別に」なんて言葉が返ってくると思っていたのに。隣に座るエルへと視線を向ければ、彼はひどく真剣な表情で、まっすぐに夜空を見つめている。
「まともに夜空なんて見たの、初めてだ」
そしてエルは、ぽつりとそう呟いた。
視界いっぱいに広がる星空の中で見た彼の横顔は、今まで見た何よりも綺麗だった。
何故かじわりと涙腺が緩んでしまい、それを隠すようにわたしは慌てて視線を再び空へと向ける。やがて視界の揺れが落ち着いたところで、エルに声を掛けた。
「もう、お願いごとはした?」
「さあな。お前は?」
「実はまだなんだ。エルが元気で過ごせますように、エルとずっと一緒にいられますようにって、お願いするつもり」
エルが体調を崩し、辛そうにしている姿は見たくない。それと、いつも思っていることをお願いするつもりだった。2つもお願いして大丈夫だろうかと、不安だったけれど。
そんなわたしを見て、エルは少しだけ驚いたように切れ長の瞳を見開いて。やがて、いつものように「ほんとお前、バカじゃねえの」と言って笑った。
けれど、いつもの小馬鹿にするような笑い方じゃなくて、思わずどきりとしてしまうくらい、柔らかい笑みだった。
「そんなくだらねえことを願うくらいなら、後150年くらい生きられるようにでも願っとけ」
「ふふ、なにそれ」
これもいつもの、エルの変わった冗談だろうか。けれどエルがそう言うのなら、とわたしは次に流れてきた星に「あと150年生きられますように」と願ってみる。とは言え、お星様もこの願いを叶えるのは難しいだろうけど。
「よし、ちゃんとお願いしたよ」
「へえ」
「来年も、一緒に見ようね」
「気が向いたらな」
「再来年もだからね」
無造作に置かれていたエルの手を、ぎゅっと握ってみる。すると彼はじっと真顔で、わたしを見つめた。
「……お前って、なんでそんなに俺のことが好きなわけ」
「えっ?」
予想外の問いに戸惑ってしまったものの、星空にもよく似た彼の瞳を見つめ返し、思ったことをそのまま口にする。
「どうしてだろうね」
「は?」
「どうしてか分からないくらい、全部好きだよ」
口だって態度だって悪いけれど、本当は優しいところも。素直じゃないけれど、本当はわたしのことを大切に思ってくれているところも。
お菓子ばっかり食べて野菜が嫌いなところも、すごく負けず嫌いなところも。何もかもが愛しくて、大切だった。
「大好き」
そう言って微笑めば、不意に握っていた手をきつく握り返され、ぐいと引き寄せられた。エルの胸元にぽすりと顔を埋める形になり、大好きな匂いと体温に包まれる。
「…………エル?」
どれくらい、そうしていただろうか。一体どうしたんだろうと思っていると、やがてぱっと手を離されて。顔を上げれば、何故か戸惑ったような表情のエルと視線が絡んだ。
「手が、滑った」
「なにそれ、へんなエル」
「本当にな」
訳がわからなくて、つい笑ってしまえば「笑うなバカ」と怒られてしまった。なんだか可愛い。
けれどそんなエルの手を再びすくいとってみれば、彼は初めてしっかりと握り返してくれて。
「……いまね、とっても幸せ」
「あっそ」
欲張りなわたしは、再び空を駆けていく星に「この幸せがずっと続きますように」と、願わずにはいられなかった。




