まる、さんかく、しかく 2
気があるとはつまり、好きということだ。クラレンスが、わたしを好き。何をどう考えても、そんなはずはない。
わたしとしては、エルと仲良くしている目障りで嫌いな奴から、知人にランクアップしたくらいだと思っている。友人だと思ってくれていたら、とても嬉しいくらいで。
「……俺が、ジゼルを、ですか?」
「ああ」
やはりクラレンスの口からは、戸惑ったような声が漏れた。当たり前の反応だと思う。時折エルは分かりにくい、そして本人には言いづらいけれど、あまり面白くない冗談を言うのだ。きっと、今回もそれに違いない。
そういえば彼はいつから、わたしのことをジゼルと呼んでくれていたのだろう。「お前」とか「おい」だったのに。
そんな中、ユーインさんだけは「おや、困りましたねえ」なんて言い、いつもの笑顔を浮かべている。とにかく、この何とも言えない空気をなんとかしようと、わたしは口を開いたのだけれど。
「ねえエル、冗談は」
「お前は黙ってろ」
「はい」
ぴしゃりと黙るよう言われてしまい、余計に気まずい沈黙が続く。クラレンスも早く笑い飛ばしてくれればいいのに。
そんな思いを込めてクラレンスへと視線を向ければ、彼も丁度わたしを見ていたらしく、ばっちりと目が合って。
やがて、彼はふいと視線を逸らすと口を開いた。
「……まさか、そんなわけ、ありません」
「ならいい」
エルのその返事もおかしい気がするけれど、とにかくこの謎のくだりは終わったようで、ほっとする。
「帰るぞ」
「あ、うん」
そうしてわたしは二人に「ありがとうございました!」と手を振ると、慌ててエルの背中を追いかけたのだった。
◇◇◇
「久しぶりですね、ジゼル」
「はい、お久しぶりです。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「ふふ、堅苦しいのはよしてください」
数日後、わたしはクライド様と二人で王城の庭を歩いていた。パーティの最中、少しだけ話さないかと誘われたのだ。
いつの間にか、クライド様と二人でいるのにも緊張しなくなっていた。彼の穏やかな雰囲気のお陰だろう。
「連れ出してしまってすみません、こうして誰かと二人で抜け出さないと、母に後で色々言われてしまうんです」
「その相手がわたしで、大丈夫なんですか?」
「はい。君がいいんです」
クライド様は柔らかく目を細め、微笑んだ。背景が美しい花々なせいか、余計に眩しく見える。
それからはお互いに最近のことを話しながら、ゆっくりと庭を見て歩いた。クライド様は相変わらずお忙しいようで、暇だと寝転がってばかりいた自分が恥ずかしくなる。
「素敵なドレスですね、よく似合っています」
「ありがとうございます。実はこれ、クラレンスが選んでくれたんですよ」
「……クラレンスが?」
「はい」
そうしてわたしは、あのお仕事のことは伏せ、先日皆で街中へ出掛けた話をした。
「羨ましいです。僕も君に合うドレスを選んでみたいな」
「そんな、わたしので良ければ、ぜひ」
「ありがとう」
そう言って微笑むと、クライド様は可愛らしい桃色の花を一輪だけ摘み、それをわたしの髪にそっと差した。
「君は本当に、綺麗ですね」
その仕草も笑顔も、何もかもが。まるで絵本に出てくる王子様みたいで、少しだけどきっとしてしまった。そもそも彼は本物の王子様なんだけれど。
「あ、ありがとう、ございます……」
「僕は今は、婚約者を選ぶ気はないんです。ですから時々、こういう場では付き合ってくれると嬉しい」
「はい、喜んで。任せてください!」
クライド様には勉強を教えて頂いたりと、良くしてもらっているのだ。これくらいで良ければ任せて欲しい。
そうして気合を入れるわたしに、クライド様は「心強いです」と言い、ふわりと微笑んだ。
◇◇◇
「あ、エル、来てたんだ」
王城から学園へと戻り自室へと入ると、ベッドの上には本を読んでいるエルの姿があった。先程まで寝ていたのか、ふわふわとした可愛らしい寝癖がついている。
「新しいドレス、どう? 似合う?」
「さあ」
そう言って、狭い部屋の中をくるりと回ってみたものの、エルは興味なさげに一瞥して終わりだった。今日は自分で結った髪も化粧も、上手くいった気がしていたのに。夏休みの暇な時間に、少しずつ練習していたのだ。
それに今日のパーティーでは皆、とても綺麗だと褒めてくれたから、少しだけ自信はあったのだけれど。
「たまには何か、言ってくれてもいいのに」
「クラレンスにでも頼め、いくらでも褒めてくれるだろ」
何故そこで、クラレンスが出てくるのか分からない。
「……わたしは、エルに褒めてもらいたいんだよ。他の人に褒められなくたって、エルにさえ褒めてもらえればいいくらい。少しくらい可愛いって、思ってくれたらいいなって」
他の人に褒められるのだって、もちろん嬉しい。けれど誰よりも、エルにそう言ってもらいたいと思ってしまう。それが一体どうしてかは、分からないけれど。
けれど、褒めることを人に強制すること自体がおかしいのだ。「ごめんね、やっぱりなんでもない」と言い、鏡の前に座って髪を解こうとした時だった。
「おい、クソバカ」
「…………?」
「思ってるに決まってんだろ」
「え、」
予想もしていなかった言葉を受け、わたしはエルへと視線を向ける。そんなわたしに、彼は続けた。
「かわいいよ、お前は。一番かわいい。これで十分か?」
そんなことをエルはいつもの調子で、本に視線を落としながら、当たり前のように言ってのけた。
一番かわいい、という耳を疑うような言葉に、わたしは思わずエルを見つめたまま、固まってしまう。
「う、うそだ」
「は? お前が言えって言ったんだろうが」
「そ、そうだけど、わたしの知ってるエルは、そんなこと言わないもん……」
「ふざけんな、二度と言わないからな」
きっとわたしが言って欲しいと言ったから、適当に言っただけかもしれない。むしろ、言わせたに近い。
それでも、何よりも嬉しくて。わたしは慌てて立ち上がると、ドレスを着たままベッドの上にいるエルに飛びついた。
「ねえねえ、本当にそう思ってる? 本当にいちばん?」
「重い」
「エルも世界一かっこいいよ!」
「しつこい」
そうしているうちに、髪はぐしゃぐしゃになり、クライド様が差してくれた花もぽとりと落ちてしまって。
その後「やっぱり、ぶっさいくだな」なんて言われたことも、クライド様に差して貰った花を、何故かエルが燃やしてしまったことも、わたしはやっぱり許してしまうのだった。