すべての初めてを君と 5
エルに抱きついたまましばらく泣いた後、ふと見上げればガラス玉のような碧眼と視線が絡んだ。
けれど今、ふたつのうちひとつは真っ黒な眼帯で覆われていて。一体何故だろうと心配になり、尋ねてみる。
「ねえエル、右目どうしたの? 怪我とか?」
「別に」
「もしかして、助けにきてくれたことに関係ある……?」
「さあな」
否定をしないあたり、怪しい。余計に気になってしまう。
「大丈夫なの? 痛くない?」
「ああ。使ったらこうなるだけだ。それに、そのうち治る」
「つかったら……?」
そもそも、エルやユーインさん達は、どうやってわたし達の居場所を突き止めたのだろう。
けれどエルはそれ以上、教えてくれる事はなかった。
「あ、明日から3日は来るなよ。いないから」
「ええっ」
「これでも着けとけ。あと一人で学園から出るな」
わたしが側にいないと落ち着かないと言っていたエルは、なんと早速3日も会えないらしい。寂しいけれど、用事があるのならば仕方がない。
預けていたネックレスを受け取ると、わたしはすぐにそれを首から掛け、大人しく過ごすことを決めたのだった。
◇◇◇
翌朝。少し回復した魔力で、まだ少しだけ腫れていた頬を治したわたしは、今日は何をしようかと頭を悩ませた。三日間も一人ぼっちなのだ。暇すぎる。
結局、お得意の図書館に行くことにし、身支度を済ませ部屋を出ようとした時だった。
コンコンと窓をノックされ、すぐに開ける。予想通りそこにいたのはユーインさんで、彼は今日もわたしの顔を見るなり、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「昨日は本当にすみませんでした、体調は如何ですか?」
「いえ、気にしないでください。体の方もバッチリです」
「それは良かったです。早速なんですが、お詫びとお礼をお渡したいので、一緒に来ていただけますか?」
「あっ、はい」
もちろん暇だったわたしは、いつものようにユーインさんの手を取る。そして彼の魔法で移動した先は、テーブルとイスだけがある、真っ白な広い部屋だった。
そしてその椅子の一つには、クラレンスが腰掛けていた。今日も彼は素顔のままで、暗い牢の中とは違い明るい場所で見ると、更にキラキラとしていて落ち着かない。もしかしてメガネの予備を持っていないのだろうか。
「ここが何処かは教えられないのですが、間違いなく安全な場所ですのでご安心を」
「わかりました」
ユーインさんはそう言ったけれど、この空気をわたしはなんとなく知っている気がした。
クラレンスはわたしを見るなりすぐに立ち上がると、こちらへ向かって深々と頭を下げた。
「本当に、すまなかった」
「わたしは平気だから気にしないで。顔を上げて欲しいな」
「……すまない」
彼は気まずそうな顔をしたまま、顔を上げてくれた。
やがて椅子を勧められ、腰掛ける。すると向かいに座ったユーインさんは「まず、お手伝いして頂いたお礼です」と大きめの布袋をわたしに手渡した。
やけにずっしりしているそれを恐る恐る開けてみれば、信じられない額のお金が入っていて、わたしは慌てて袋を閉じた。こんなもの、最初に言われた額どころではない。
「こ、こんなに受け取れません……!」
「しっかりお礼をしないと、エルヴィスにも許して貰えなくなりますから。受け取ってください」
そう言われてしまえば、突き返すわけにもいかなくなる。丁寧にお礼を言い、大切に使わせてもらうことにした。
「あの、どうしてエルとユーインさんが助けに来てくれたんですか? もしかしてユーインさんとクラレンスって、同じお仕事なんですか?」
「まあ、そんなところです」
ユーインさんは曖昧に微笑むと、何も知らないままだったわたしに、当日のことを話してくれた。
「お二人には拐われて転移移動するまで、見張りがついていたんです。けれど消えたのを確認した後、半日経っても連絡はない。クラレンスはこう見えて仕事は出来るので、何か予測不能な出来事があったのだと判断しました。そして丁度その頃、エルヴィスが私に使いを送ってきたんです。ジゼルはまだ戻って来ていないのか、と」
「エルが……?」
「はい。そこで、状況を説明をする為にエルヴィスの元を訪ねたんです。あんなに怒っているエルヴィスを見たのは、いつぶりでしょうね。彼は怒ったらとても怖いんですよ」
勝手にしろ、なんて言いながらもきっと、ずっと気にかけてくれていたのだろう。胸がじんわりと温かくなる。
「その上『あいつに何かあったら、全員殺すからな』とまで言われてしまいました」
「ええっ」
「そして私達だけでは頼りないからと、あの面倒臭がりなエルヴィスが自ら助けに行くと言い出したんですよ。本当に貴女が大切なんですね」
言葉は物騒すぎるけれど、エルはわたしが思っている以上に、わたしのことを大切に思ってくれているらしい。いけないと思いながらも、つい頰が緩んでしまう。
「そしてエルヴィスが魔眼を使ってくれたお蔭で、ジゼルさんの居場所が分かり、すぐに助けに行くことができました」
「魔眼……」
彼の眼は特別だと以前言っていたけれど、そのことなのだろうか。気になったものの、エルが教えてくれなかったことをこっそり聞くのは嫌で、それについては触れないでおく。
けれどひとつだけ、尋ねておきたいことがあった。
「あの、エルの眼は大丈夫なんですか……?」
「何も聞いていないんですか?」
「はい。今日から3日留守にする、と聞いているだけで」
そんなわたしの言葉に、ユーインさんは驚いたように切れ長の両の目を見開いて。やがて眉尻を下げ、笑った。
「間違いなく、エルヴィスはあの部屋にいますよ」
「えっ?」
「魔眼を使ったあとはその反動で数日、体調を崩すんです。貴女に心配をかけたくなくて、そんな嘘を吐いたんでしょうね。元々はそれを治せる治癒魔法使いがいたのですが、今は隣国に飛ばされ、いえ、出張に行っておりまして」
「そんな……」
つまりエルは今、わたしを助けたことにより体調を崩しているのだ。心配をかけまいと、留守だと嘘まで吐いて。
以前、彼が風邪を引いた時のことを思い出す。風邪ひとつであれだけ苦しんでいたのだ。今あの部屋で一人、彼が辛い思いをしていることを想像するだけで、胸がひどく痛んだ。
「あの、エルのところに送ってもらえますか」
「もちろん、喜んで」
きっと、わたしにできる事は多くないけれど。それでも少しでも、エルの側に居たかった。
「ジゼルさんにとっても、エルヴィスは大切なんですね」
「はい、エルは大切な家族ですから!」
わたしがそう言い切れば、ユーインさんもクラレンスも何故か不思議そうな、戸惑ったような表情を浮かべた。
「……あの、本当にそれだけですか?」
「他に、何かあるんですか?」
「なるほど、わかりました。これからもエルヴィスのこと、よろしくお願いしますね」
もちろんです、と大きな声で返事をすれば、ユーインさんは何故か「貴女はやっぱり、いいですね」と笑った。
「……ジゼル」
「うん?」
「その、後日俺からも詫びをさせて欲しい」
そう言ったのは、ここに来てからと言うもの、驚くほど静かだったクラレンスだった。大好きなエルにあんな態度を取られたのだ、余程へこんでいるのだろう。
「俺の気が済まないんだ。何でもする」
「じゃあ今度、美味しいケーキ奢って欲しいな」
「そんなことでいいのなら、分かった」
未だに表情の暗い彼に「約束ね!」と言うとわたしは立ち上がり、ユーインさんの元へと向かう。
すると彼は「ああ、そうだ」とポケットからエメラルドらしき緑色の宝石のついた指輪を出し、わたしに手渡した。
「これ、作っておきました。私からのお詫びの品です。風魔法を少し使えるようになるもので、エルヴィスの部屋の窓への行き来くらいは出来るかと」
「こ、こんな素敵なものを頂いていいんですか?」
「勿論です。貴方のために作ったんですから」
実はいつも、窓下から叫んで彼を呼ぶのは不便で仕方なかったのだ。とても嬉しいプレゼントだ。
そしてわたしは貰った指輪を早速嵌め、クラレンスに「ケーキ楽しみにしてるね、またね」と手を振ると、ユーインさんの手を取り、エルの部屋へと向かったのだった。
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