すべての初めてを君と 4
「お前のこと、買い被り過ぎてたんだな」
「っすみま、せん……」
「エルヴィス、どうかその程度で許してあげてください」
「は? お前もお前で、大した力もねえ奴らのクソみたいな作戦を容認した責任を取れよ」
「……すみません」
一体なんだろう、この雰囲気は。まるで上司に叱られる部下達、という感じだ。
……もしかしてエルは、わたしが怪我をしたことでこんなにも怒っているのだろうか。頬の怪我についてはクラレンスが悪いわけではない。わたしが勝手にやった事だ。
エルの足は未だにクラレンスのお腹の上にあり、苦しそうで。わたしはそんなエルの足をぎゅっと掴んだ。
「エル、ごめんね。わたしが勝手に怪我をしただけで、クラレンスは悪くないの。本当にごめんなさい」
「……はっ」
エルは何故かそんなわたしを鼻で笑うと、ひどく苛立ったような表情を浮かべたまま、クラレンスから足を避けた。
そしてわたしに背を向けると、エルはユーインさんの名を呼んだ。それだけで言いたいことを理解したらしく、ユーインさんは「分かりました」と頷いた。その表情は、暗い。
「ジゼルさんとクラレンスも私に触れて下さい。既にこのアジト内は制圧済みですので、ここにいる方々も順次解放されます。私の魔法で、一足先に戻りましょう」
クラレンスも、ひどく気まずそうな表情を浮かべたまま立ち上がると、ユーインさんの肩に手を置いた。わたしも慌てて、ユーインさんの腕に触れる。
次の瞬間には覚えのある浮遊感に襲われ、気が付けば学園内の寮のエルの部屋に、わたし達は立っていたのだった。
◇◇◇
エルの部屋へと戻ってきたものの、ユーインさんは今にも死にそうな顔をしていた。そういや以前、数人まとめての長距離の転移魔法は疲れる、と言っていたことを思い出す。
わたし達がどこに捕らえられていたのかは分からないけれど、四人一気に移動したのだ。かなり身体に負担がかかっていたに違いない。心配になり声をかければ「大丈夫です」とひどい顔色のまま、微笑まれてしまった。
そんな彼とクラレンスは、わたしに対して再び丁寧に謝罪をしてくれて。こちらに背中を向けてソファに座っているエルにも、謝罪と感謝を述べていた。そして後日、改めて謝罪と礼をすると言い、部屋を後にした。
そうしてエルと二人きりになったものの、室内には気まずい雰囲気が漂っている。間違いなくエルはまだ怒っていた。
「エル、ごめんね」
「…………」
もちろん、返事はない。きっと、かなりの心配をしてくれた筈だ。だからこそエル自身が助けに来てくれたのだろう。
それと同時に、一番大切なことを伝えていないことに気が付き、わたしは背を向けたままの彼のすぐ隣に腰掛けた。
「エル、助けに来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」
けれどやっぱり、彼は何も言ってはくれない。出て行った方がいいだろうかと、悩んでいた時だった。
「……むかつく」
「えっ?」
「あいつに引っ付いて名前まで呼んで、あのまま居た方が良かったんじゃねえの」
そんなことを、エルは言ってのけた。
クラレンスに引っ付いて、というのは彼と上着を一緒にかける為に、隣にいたことを言っているのだろう。名前呼びだってメガネが奪われ、メガネくんじゃなくなったからだ。
そんなことがむかつくなんて、理由はひとつしかない。
「もしかして、やきもち……?」
「んな訳ねえだろ、バカじゃねえの。アホ、タコ」
エルは否定したけれど、絶対にそうだ。彼が心配をしてくれている間、わたしが呑気にクラレンスと仲良くしていたと思い、拗ねているに違いない。
そう思うとやっぱり嬉しくて、愛しくて。
「わたしはエルが一番大好きで、大切だよ。助けに来てくれた時、かっこよかった。本当にありがとう」
飛びつくように彼の背中に抱きつけば「暑苦しい」「バカ」「ほんとむかつく」という三連発をいただいた。
けれど今日も、振り払われることはない。愛しさが抑えきれず再び「大好き!」と言えば「しつこい」と返された。
しばらく抱きついていた後、流石に暑くなってきたわたしは彼から離れる。するとエルは振り返り、まだ少しだけ痛むわたしの頬へと視線を向けた。
「……それ、痛かったか」
「ちょっと痛かったけど、大丈夫だよ」
「どんな奴にやられた?」
「ええと、見張りをしていた赤髪の若い人かな」
「分かった」
素直に答えてしまったものの、そんなことを聞いてどうするのだろう。不思議に思っていたわたしに、彼は続けた。
「あと、もうこういうのやめろ」
「こういうの?」
「察しろ、クソバカ」
こういうの、の意味がわからずにいると、エルは再び苛立ったような様子を見せた後、口を開いた。
「だから、お前が近くにいないと落ち着かないんだよ」
「…………え、」
エルの突然のそんな言葉に驚いたわたしの口からは、間の抜けた声が漏れ、固まってしまう。
彼にそんなことを言われたのは、初めてで。ずっと、わたしの気持ちばかりが大きいのだと思っていた。だからこそ、迷惑ではないかと不安に思うこともあった。
嬉しさと安心したような気持ちでいっぱいになり、視界が揺れる。それを隠すように、再び彼の胸の中に飛び込んだ。
「っずっとずっと、一緒にいる」
「……あっそ」
「エル、大好き」
「知ってる」
そしてエルは、ぐすぐすと泣き出したわたしの頭に自身の顎を乗せると「心配かけんな、バカ」と呟いた。
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