ふたりだけの 3
「ルビーと会えて、本当に嬉しい!」
「私もです。お嬢様がお元気そうで何より」
「ありがとう、話したいことも沢山あるんだよ」
「はい。楽しみです」
リネの家に遊びに行くまで、一週間を切った今日。お泊り用の物を買いに、わたしはルビーと共に王都の街中に来ている。ちなみにエルも誘ったけれど、面倒だと断られた。
伯爵家に寄り付いていなかったわたしは、こうしてルビーに会うのは数ヶ月ぶりだ。彼女は休みを使って買い物に付き合ってくれていて、本当に嬉しい。
必要な物を買い揃え、カフェでゆっくりお茶でもしようかと話しながら歩いていると、不意に通りがかったアンティークショップの中に並ぶ、古い本が目に入った。
魔法に関する本ならば、毎日わたし以上にだらけているエルに、いいお土産になるかもしれない。そう思ったわたしはルビーに少しだけ見たいとお願いして、店内へと入る。
そうして、気になった本に手を伸ばした時だった。
「あっ」
「あ」
ちょうど反対側からも同時に手が伸びてきていて、ぶつかってしまう。すみません、と謝り顔を上げればそこには、若葉色の髪をした格好いいお兄さんがいた。わたしよりも10以上は歳上に見える。
それにしても最近は美男美女ばかり見るなあ、なんて思いつつ、伸ばした手を引っ込めたのだけれど。
「お前、こんなところで何をしている」
「えっ?」
「今日はエルヴィス様は一緒じゃないのか?」
「……ええと、エルのお知り合いですか?」
「あ」
何故か突然、馴れ馴れしく話しかけられて。
戸惑ったわたしがそう尋ねると、お兄さんはハッとしたように口元を手で覆った。その上彼は何故か、ひどく焦ったような表情を浮かべている。
「っ何でもない、誰だお前は! 間違えたんだ!」
「…………?」
「し、失礼する!」
そうして、あっという間にお兄さんは店を飛び出していった。間違いなくエルヴィスと言っていたし、やはりエルの知り合いだろうか。彼の周りは、美男美女率が高すぎる。
そもそも、どうしてわたしを知っているのだろう。綺麗な顔をしていたけれど変な人だったなあと思いながら、再び本へと手を伸ばしたのだった。
◇◇◇
そして、数日後。わたしは天使達に囲まれていた。
「じぜるお姉ちゃん、だいすき!」
「ぼくも!」
栗色の髪をした可愛らしい子供達に、前からも後ろからもぎゅうっと抱きつかれ、その上「お姉ちゃん」と呼ばれ、大好きだなんて言われているのだ。幸せすぎる。
「ここは……天国か何か……?」
「ふふ、ジゼルは子供にも好かれるんですね」
そう、昨夜リネの家に無事到着してからというもの、彼女の双子の弟達が、わたしにとても懐いてくれているのだ。今日も朝からずっとべったりだ。
まだ4歳の彼らはとても小さくて、柔らかくて。本当に可愛らしい。大きさは少し違うけれど、なんとなく出会った頃のエルを思い出してしまう。態度も全然違うけれど。
「ねえ、エルも一緒に遊ぼうよ」
「バカ言うな」
もちろん一緒に来ていたエルにそう声をかけても、全くつれない。どうやら小さな子供が苦手らしい。少し離れた場所に偉そうな態度で座り、リネが用意してくれたお菓子を食べながら、こちらを見ている。
ちなみに予定では一週間ほど、お邪魔する予定だ。彼女のご両親も優しくて素敵な方々だった。わたしにもエルにも、とても良くしてくれている。
「そう言えば、ジゼルには妹さんがいるんでしたっけ?」
「う、うん。いるよ」
「きっと素敵な方なんでしょうね……!」
「うううん……?」
サマンサはきっと、リネの想像とはかなりかけ離れている気がする。そんな彼女も来年、魔法学園に入学してくると思うと、ひどく気が重い。
今までのようにわたしの悪評を流し、孤立させようとする未来しか見えない。本当にやめて欲しい。
なんだか暗い気分になってしまい、サマンサのことを頭から振り払うように、わたしはむぎゅうと双子ちゃんを抱きしめる。するとすりすりと頬擦りしてくれて、憂鬱な気分が一瞬で吹き飛んでいく気がした。
「すき!」
「か、かわいい……! わたしも好き!」
そうして、サラサラの髪を撫でていた時だった。
「ジゼル」
不意にエルに名前を呼ばれ、視線を向ける。彼がわたしの名前を呼ぶ時は大体、何かを頼む時だ。
「どうしたの?」
「クッキー、なくなった」
「そこに新しいのあるよ」
「開いてない」
エルの手の届くすぐ先に、小袋に入ったクッキーがある。
自分で開けた方が早いのではと思いながらも、やっぱりわたしは双子達から離れ、エルの元へ行き袋を開けてしまう。
「はい、どうぞ」
「ん」
そしてお礼だとでも言わんばかりに、エルはクッキーをニ枚くれた。そもそも、リネが用意してくれたものだけれど。
そんなわたし達を双子達は、大きなくりくりの瞳で、不思議そうな表情を浮かべたまま見つめている。
「じぜるお姉ちゃんは、このお兄ちゃんのこいびと?」
「ううん、違うよ」
「じゃあぼくとけっこんできる? しよう!」
「ええっ」
まさかのプロポーズをされてしまい、あまりの可愛らしさに笑みが溢れる。リネも「まあ、いつの間にそんなことを覚えたの」と言って笑っていた、けれど。
「無理」
ほのぼのとした雰囲気の中、エルはそう言い切った。
「どうして?」
お兄ちゃんであるリオンくんが、悲しげにそう尋ねる。
わたしもどうしてだろうと他人事のように思いながら、手渡されたクッキーを一枚齧り、エルを見つめた。
「もしかしてお姉ちゃん、すきなひといるの?」
「ああ」
彼はそんな問いに、なんの躊躇いもなく頷いて。
「こいつは俺が好きなんだよ」
そしてわたしはクッキーを思い切り、喉に詰まらせた。




