ふたりだけの 2
「あっ、エル待って! あれも買いたいな」
わたしの手を引いたまま、どんどん歩き続けるエルの背中にそう声をかければ、彼はすぐに足を止めてくれた。
そしてわたしは『フルーツキャンディ』という看板が立てかけられた屋台を指差した。予想通り、エルも興味深そうにずらりと並んだ、可愛らしいキャンディを見つめている。
「キャンディの中に果物が入ってるんだって、絶対に美味しいよ! あれも買って行こう」
「……急げよ」
「うん、ありがとう」
エルは誰も追いかけて来ていないことを確認するような素振りをした後、そう言ってくれた。そんなに先程の女性と顔を合わせるのが嫌なのだろうか。彼女を食い止めていたユーインさんも、中々戻ってくる気配はない。
二人で屋台へと向かい、どれにしようかと選んでいる最中も、その手は繋がれたままで嬉しくなる。エルのことだ、嬉しいと口に出せばすぐに離されてしまうだろうから、口元が緩むのを我慢しながら黙っておく。
「デートかい、いいねえ」
「は?」
すると屋台のおじさんは、そんなわたし達を見てニコニコと人の良い笑顔を浮かべていた。
「そうなんです! 初デートです!」
「は?」
「おやおや、それは素敵だねえ。一個おまけしとくよ」
「わあ、ありがとうございます!」
「うんうん、仲良くね」
エルとひとつずつキャンディを買ったけれど、なんと屋台のおじさんはもうひとつオマケしてくれた。お金を出して買うよりもずっと、嬉しくて特別なものに感じる。
とは言えお互いの分はあるし、これはユーインさんの分にしようと言ったら、俺の分だと言って取られてしまった。
再び歩き出したわたし達は、ユーインさんを待ちがてら、少し先に見えた川原で休むことにした。
二人並んで大きな石の上に並んで座る。繋いでいた手が離れてしまい、なんだか少し寂しく感じてしまう。
「お前、バカじゃねえの」
「どうして?」
「よくあんなこと、恥ずかしげもなく言えるな」
「恥ずかしいことなの?」
「…………もういい」
エルはそう言うと、ゆっくりと流れていく目の前の川へと視線を戻した。わたしはそんな彼の、文句ひとつ付けようのない美しい横顔を見つめる。毎日のように見ていても、いつまでも眺めていられる気がした。
「ユーインさん、遅いね」
「ん」
「そういえばさっきの綺麗な女の人、エルの知り合い?」
「俺はそう思ってない。他人」
「そ、そうなんだ……」
その扱いに、メガネくんと同じような雰囲気を感じる。
「わたし、エルのこと何にも知らないな」
「別にわざわざ話すほどのことなんて、何もない」
「どうして?」
「ずっと外に出てなかったし」
「そうなの……?」
「ああ。他人に会うことも少なかった」
少しだけエルのことを知れて嬉しい反面、ずっと外にも出ず人にも会わない生活だなんて、なんだか寂しそうだと思ってしまう。本人はあまり気にしていないようだけれど。
「そうだ! わたしのことで、何か知りたいことはない?」
「別に。お前、いつも勝手に話してるだろ」
「確かに……」
わたしは出会った頃から常に、エルにひたすら話しかけ続けているのだ。何もかもを話してしまっていた。とはいえ、エルは基本的に右から左に聞き流している気がする。
「じゃあ、ユーインさんが来るまでお互いに気になることを質問しあうのはどう? ではまず、エルヴィスさんの一番好きなものを教えてください」
「くだらな。お前本当にガキだよな」
そう言いながらも、エルは「……甘いもの」と答えてくれた。予想通り過ぎるけれど、嬉しい。そして可愛い。
「ちなみに、わたしが一番好きなのはエルです」
「は?」
「何よりも一番エルが好き、大好き! 初めてのデート、エルと一緒に来れてよかった。今日は本当にありがとう」
わたしとしてはいつも通りの、当たり前のことを言ったつもりだったけれど。そんな言葉にエルは何故か、少しだけ困ったような、戸惑ったような表情を浮かべた。
「……本当にバカじゃねえの」
「なんで? 本当のことだよ」
「お前、ほんとやだ」
そう言うと、エルはばりばりと残っていたキャンディを噛んでしまった。歯に悪いからやめた方がいいといつも言っているのに、落ち着かない時の癖なのか、やめてくれない。
「すみません、お待たせしました」
そうしているうちに、いつの間にか現れたユーインさんはびっくりするほどボロボロだった。何があったのだろうか。
「あいつは?」
「無理やり送り届けてきました。そもそもこの辺りは立ち寄っただけで、隣国にすぐ戻らなければならないようでした」
「ふうん」
すると今、ようやく合流したばかりのユーインさんは「それでは、私はそろそろ帰りますね」なんて言い出した。
「えっ?」
「実は、用事を思い出してしまいまして。帰りの馬車は用意してあるので、後はお二人でごゆっくり」
「……お前、本当に何しにきたわけ」
「さあ?」
そう言ってユーインさんは綺麗に微笑むと、あっという間に姿を消してしまった。ただわたし達の面倒を見てくれただけだった気がする。今度、ちゃんとお礼をしなければ。
空を見上げれば、日が暮れるまではまだ時間がある。
「ねえ、エル。もう少しだけ見ていこうよ」
「だるい」
「お願い、ほんの少しだけ!」
「……本当に、少しだけだからな」
「うん、ありがとう! 大好き」
「しつこい」
そんなエルの右手を掬いとりぎゅっと握れば、今日はほんの少しだけ、握り返してくれたような気がして。
そこに胸いっぱいの幸せを感じながら、わたしは再び人混みの中へと歩き出したのだった。