落ち着かない距離 5
あっという間に、夏休みまであと一日となった今日。
昨日今日とクライド様は急な仕事の為お休みらしく、朝からエルの側にはメガネくんがぴったりと張り付いている。
クライド様には休暇前に挨拶できなくて残念だけれど、夏休みには手紙を送って欲しいと以前言われていたし、近いうちに書いてみようと思う。
そして昼休み、エルと二人で食堂でお昼ご飯を食べようとしていると、やっぱりメガネくんはついてきた。その上、わたしには邪魔だなんて言ってくるのだ。ひどい。
「あいつが休みなら、お前は来る必要ないだろ。帰れ」
「いえ! エルヴィス様のお側に少しでも居たいので、明日もしっかり来ます」
「気持ち悪い。飯が不味くなりそう」
相変わらずエルは心配になるくらい冷たいけれど、メガネくんに気にする様子はなかった。むしろ嬉しそうだ。
「お前、わりと普段は他の奴らとも話してるだろ。そいつらと飯食ってこいよ」
「学生のふりをするのも仕事のうちですから」
そう、クライド様がいる時には、メガネくんは他のクラスメイトとも普通に楽しげに話をしているのだ。
「とは言え、話題は誰が好きだとか可愛いだとか、子供くさいものばかりですし、付き合ってられませんよ」
「そうなんだ……」
どうやら男の子達も、そういう話をするらしい。
リネやクラスメイトの女の子達もよく、クライド様やエルが格好いいという話をしている。実はジュードも人気だ。
「それに、どいつもこいつもお前を褒めているからな」
「えっ」
「そんな話、不愉快過ぎて聞いていられるか。中身はこんなにもアホで腹が立つというのに」
メガネくんの場合、エルに関しての嫉妬が入っているから腹が立っている気がするけれど、突っ込まないでおく。
「中身はってことは、外見は認めてくれてるんですか?」
なんて、冗談のつもりで言ったのだけれど。
「まあな。お前、顔は綺麗だろう」
「えっ」
「将来はわりと美人になるんじゃないか」
まさかメガネくんの口からそんな言葉が聞けるとは思わず、わたしは驚きを隠せない。変なところだけ素直だ。
ときめきではなく驚きで、心臓がドキドキしてしまった。
「い、痛っ! 痛いです、エルヴィス様、足! 俺の足を思い切り踏んでいます!」
「ああ、うっかり」
すると突如、メガネくんが叫び出してびっくりした。どうやらエルが足を踏んでしまったらしい。
「でもわたし、褒められてるんだ。嬉しいな」
「クソメガネの勘違いだろ」
「いえ、本当に、痛っ! 痛いです、また踏んで、痛っ」
結局、落ち着いて食事など出来なかった。
◇◇◇
放課後。リネやクラスメイト達と夏休みも遊ぼう、手紙を書くと約束して別れ、エルとカフェに行くことになったけれど、やっぱりメガネくんはついてきた。
L字型の席に通され、何故かわたしとエルの間にメガネくんが座った。絶対におかしい。
そんなメガネくんはメニューをわたしには中々見せてくれなかったり、水を手の届かない所に置いたりと、地味な嫌がらせをしてくる。いつも周りを子供くさいだとか言っているけれど、メガネくんもなかなか幼稚だと思う。
「これ、エルも一口飲む?」
なんとか注文し終え、新商品だというフルーツジュースを飲んでいると、じっとエルからの視線を感じて。
いつものように、グラスを差し出した時だった。
「フン、お前は何も知らないんだな。エルヴィス様は昔から潔癖なんだ、他人が口をつけたものなど……」
メガネくんが語っている間に、エルはひょいとグラスを取ると、当たり前のように飲み始めた。
そんな彼を見て、メガネくんは信じられないといった表情を浮かべている。いつもわたしの食べかけのお菓子だってなんだって食べているのだ、とても潔癖には見えない。
「エ、エルヴィス様?」
「なんだよ」
「以前はあんなに……」
「お前の勘違いじゃねえの」
そしてエルはあっという間に全て飲み干してしまった。そこまで飲んでいいとは言っていない。ひどい。
「……本当に、変わられましたね」
「別に」
「この小娘のせいですか」
「知らん」
メガネくんはそう呟くと、何故かキッとわたしを睨んだ。
「以前のエルヴィス様も素敵だったが、今のエルヴィス様も……いやそれでもこいつのせいかと思うと……」
そしてしばらくメガネくんは真剣な表情を浮かべ、何かを考えているような様子だったけれど。
彼はやがて、すっと自身のグラスをエルに差し出した。
「エルヴィス様、俺のも良ければ……」
「失せろバカ」
明日からは、初めての夏休みが始まる。




