表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/88

落ち着かない距離 4



「あの、わたし、戻らないといけなくて」

「大丈夫。ほんの少しだけさ」


 そう言って、彼女は近くのベンチに腰掛けた。ぽんぽんと横のあたりを叩き、隣に座るよう促される。


 初めて会うはずなのに、この人に大丈夫だと言われると何故か、本当に大丈夫な気がしてしまう。おずおずとその隣に腰掛けると、彼女は花が咲くような笑みを浮かべた。


「神殿はどうだ?」

「ええと、とても素敵です。落ち着くというか」

「光魔法使いなら、余計にそう感じるだろうな」

「えっ……」


 どうしてわたしが、光魔法使いだと分かるのだろう。


 もしかすると神殿の偉い人なのかもしれない。服装やその雰囲気からも、そんな感じがする。


「学園生活は楽しい?」

「はい。とても楽しいです」

「それは良かった」


 わたしがそう答えると、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれて。その笑顔のあまりの美しさに、同性だというのにどきりとしてしまう。


 時折ふわりと長い真っ赤な髪が風に揺れ、甘い香りが鼻をかすめる。整いすぎた横顔に思わず見惚れていると「そんなに見つめられては、穴が開く」と笑われてしまった。


「誰かに意地悪されたりはしていないか?」

「い、意地悪ですか? されていないです」

「ははっ、そうか」


 少しばかり、メガネくんからの当たりが強いくらいで。


 いくつか質問をした後、やがて彼女は長い睫毛に縁取られた黄金の瞳で、わたしをじっと見つめた。まるで身体の奥まで見透かされるような、そんな感覚に襲われる。


「お前は魂まで綺麗なんだな」

「たましい?」

「ああ。こればかりは生まれつきだ」


 魂が、綺麗。


 生まれて初めてそんなものを褒められ、戸惑ったわたしは「あ、ありがとうございます……?」としか言えなくて。そんな様子を見た彼女は、やっぱりおかしそうに笑った。


「あの子が惹かれるのもわかる気がするよ。ああ、そうだ。これを肌身離さず、身に着けておくといい」

「えっ?」

「お前を守ってくれる」


 そう言って手渡されたのは、真っ赤な宝石のついたとても美しいネックレスだった。


 守ってくれる、ということは魔道具か何かなのだろうか。宝石などに何も詳しくないわたしにも、とても高価なものだということがはっきりと見て取れた。


「し、初対面でこんな高価そうなもの、受け取れません」

「それ以上のものを、私は貰っているんだ。礼だと思って受け取ってくれないか」


 どう考えても、目の前の美女にお礼をされるようなことなど何もしていない。けれど無理やりぎゅっとネックレスを握らされてしまい、戸惑っていた時だった。


「神殿長、お時間です」

「わかった」


 突然現れた男性にそう声をかけられ、彼女は立ち上がる。そして彼女は今、間違いなく「神殿長」と呼ばれていた。


 つまり、今までわたしが隣に座って話していた相手は、神殿で一番偉い人だったことになる。


 どうしてそんな人がわたしに話しかけ、良くしてくれるのかさっぱりわからない。驚きで声も出ないわたしに向かって彼女は柔らかく目を細め、微笑んだ。


「これからも、変わらずに側に居てやって欲しい」

「えっ?」

「……あれは少し、可哀想な子なんだ」


 そう呟いた彼女は一瞬、寂しそうな、悲しそうな表情をしたけれど。すぐに再び、真っ赤な唇で弧を描いた。


「またな、ジゼル。会えて嬉しかったよ」


 どうして、わたしの名前を知っているのだろう。


 そして先程の言葉の意味も、わからないまま。彼女の姿が見えなくなったのと同時に、気が付けばわたしは先程までと同じく、クラスメイトの列に混ざって立っていたのだった。




◇◇◇




「あれ、エル! 来てたんだ。ただいま」

「ん。あれ買ってきたか?」

「うん、ばっちり」

 

 帰宅後、わたしは自室のベッドで転がっていたエルに、神殿の前にある屋台で買ってきたキャンディを渡した。彼の好物らしく、おつかいを頼まれていたのだ。


 それを受け取る為だけに部屋で待っていたなんて、余程好きなのだろう。多めに買ってきてよかった。


 エルはキャンディを早速口に放り込んだあと、突然わたしの制服の胸ポケットの辺りを指差した。その中には、先程貰ったばかりのネックレスが入っている。


「どうした、それ」

「神殿で、神殿長の綺麗なお姉さんにもらったの」


 そうして今日の神殿での不思議な体験についてエルに話すと、彼は深い大きな溜め息をついた。


「……ババア、余計なことを」


 そう呟くと、エルは「それ、貸せ」と手を差し出した。


 ネックレスを乗せれば、エルは探るようにそれをしばらく見つめた後、わたしに投げ返してきた。なんとかキャッチしたけれど、高価な物なのだ。心臓に悪いからやめて欲しい。


「とりあえず、それはしばらく着けとけ」

「どうして?」

「ユーインがかけた、強力な防御魔法がかかってる」

「えっ」


 エルがそう言うのなら、間違いなくそうなのだろう。


 そしてこれをユーインさんが作ったということにも、わたしは驚いていた。それを神殿長が持っていたということは、彼は有名な魔道具師か何かなのだろうか。


「でも、なんでしばらくなの? 効果が切れるとか?」


 ふとそんな疑問を口にすると、エルは少しだけ困ったような、なんとも言えない顔をした。


「……今度」

「うん?」

「ユーインに持ってこさせる」

「何を?」

「俺が、昔作った魔道具」

「エルって魔道具も作れたの? すごいね! でも、わたしはこれ1つあれば十分だよ」


 いくつも高価な魔道具を身につけるほど、危ない目に遭うとは思えない。そもそも、一つでも分不相応だ。


 けれど何故か、睨まれてしまって。


「良いから俺の言う通りにしろ、バカ」


 エルはそう言うと、そっぽを向いてしまったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ババアを想像してたけど、ファビュラスなお姉様な赤毛なのか。
[良い点] エルの思考をいつも先読みするジゼルさん♡ キャンディ多めに買っていくできる秘書ぶりに脱帽(( ̄_| [一言] いつも楽しく読ませていただいています♡ 女子の萌えが詰まった宝箱のような作品で…
[一言] いやこれはもう実質告白では?(確信
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ