いちばんに思い浮かぶのは 3
どうして、メガネくんがエルの部屋に。
彼はひどく驚いた様子だったけれど、やがてハッとしたような表情を浮かべた後、わたしを思いきり睨みつけた。
「ジゼル・ハートフィールド! 貴様! 早く離れろ!」
「えっ」
「エルヴィス様を、お、襲うなど……! この痴女め!」
「ち、ちじょ……」
エルを押し倒してしまっているわたしに、彼はそんなことを言ってのけた。確かにこの状況では、襲っていると思われてもおかしくはない。とにかく誤解を解かなくては。
「あの、違うんです、これは」
「言い訳など聞くものか! いくらエルヴィス様が美しく賢く強く気高くこの世で最も素晴らしい神のようなお方だからと言って、こんなことは許されないんだからな!」
「ええっ……」
けれど彼は全く、聞く耳を持ってくれない。その上怖いくらいにエルのことを褒めていて、やはり彼はエルのファンだったらしい。
「……クラレンス、黙れ」
エルがそう言った瞬間、ひたすらわたしを責め立てていたメガネくんは、ぴたりと黙った。
やがてエルが突然身体を起こしたことで、わたしはぼふりと彼の胸元に倒れ込む。そんなわたしを、エルは片手でしっかりと支えてくれた。なんだかとても格好いい動きだ。
「お前は昔からうるさいんだよ」
「す、すみません」
「それと、いちいち勝手に入ってくるな」
「すみません! 今のエルヴィス様は心配なもので……!」
「余計なお世話だバカ」
メガネくんは驚くほどエルに対して腰が低く、何度も頭を下げて謝っている。そもそも全てわたしが悪いのだ。まずはこの部屋をなんとかしなければと、エルに声をかけた。
「エル、本当にごめんね。部屋をこんなにして、あんな体勢になっちゃって……今から片付けるから、」
「いい」
「えっ?」
「こういうのはこいつが得意だからな。おい」
「はい! ただ今!」
そう言うとメガネくんは、めちゃくちゃになっている部屋の中に左手をかざす。するとあっという間に元通りになっていて、わたしは驚きで声も出なかった。
何かを元に戻す魔法は、難易度が高いと聞いている。だからこそ彼が、かなりの魔法の使い手なのが窺える。
「すみません、ありがとうございます」
「お前の為ではない、俺に話しかけるな」
「あっ、すみません」
わたし、嫌われすぎではないだろうか。そして彼の得意魔法を知っているということは、やはり二人は元々の知り合いだったらしい。
「エル、やっぱりメガネくんと知り合いだったんだね」
「……このバカは、俺が───の、────だ」
けれどやっぱり、全然わからなかった。
◇◇◇
話せる範囲で色々と聞いてみたところ、どうやら二人はかなり昔からの知り合いらしい。そしてメガネくんがエルのことを大好きなのも、怖いくらいに伝わってきた。
「お前、早く王子のとこ戻れよ」
「今は安全な場所で休まれているので、大丈夫です」
「…………?」
クライド様といつも一緒にいるし、今どこで何をしてるかを把握するほど仲が良いのかなんて思っていると、エルが「こいつはあの王子の護衛なんだよ」と教えてくれた。
「えっ」
「エ、エルヴィス様、それを話されては、」
どうやらわたしが聞いてはいけなかったことらしく、メガネくんはひどく慌てた様子を見せたけれど。
「こいつは誰にも言わない」
エルはころんとキャンディを口に放り込むと、当たり前のようにそう言い切った。
それと同時に、エルがそんなにもわたしを信用してくれているのだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。秘密を勝手に話すのは、もちろん良くないとは思うけれど。
思わず抱きつきたくなったものの、先程の悲惨な状況を思い出し「大好き!」と叫ぶだけにしておく。するとメガネくんにすかさず「俺の方が好きだ!」と怒られてしまった。
それにしても王子の護衛だなんて驚いた。あのクライド様の護衛に抜擢されるくらいだ、かなりの実力者なのだろう。
「同い年で、そんなお仕事を任される方がいるなんて……」
「は? 誰がお前と同、」
そこまで言いかけて、メガネくんは慌てて口を噤んだ。一体何を言おうとしたのだろうか。
「いいからクラレンス、お前はさっさと出てけ」
「わかりました……また来てもいいですか……?」
「二度と来るな」
はっきりとエルにそう言われたメガネくんは、とぼとぼと部屋を後にした。
その背中があまりにも切なくて、そんなに冷たくしては可哀想だと言ったら「あのバカは毎日何かしらの理由をつけてこの部屋に来てんだよ、これでも足りないくらいだ」と返された。メガネくん、めげないにも程がある。
「……そういえばメガネくんの名前、全然覚えられないんだよね。なんでだろう」
「お前のことが嫌いで関わりたくないから、認識を阻害する魔法をかけてるんだよ。そもそもあのだっせえメガネも、元の顔とは全く違うように見える魔法がかかってるしな」
「そ、そうなんだ……」
メガネくんの素顔は、少しだけ気になる。そして彼は本当に、わたしのことが嫌いらしい。再び悲しくなってきたわたしは、ふと思い出した楽しい話題を振ることにした。
「あ、そういえばリネから聞いたんだけど、来月末は校外学習があるんだって。毎年、博物館と神殿に見学に行くらしいよ。わたしは両方行ったことがないから、すごく楽しみ」
「……ふうん」
けれどエルは、興味なさげにそう呟くだけで。
「エルは楽しみじゃないの?」
「俺は行かない」
「どうして? わたし、エルと一緒に行きたいのに」
そう尋ねれば、彼は深い溜め息を吐いた。
「……俺は、神殿に入れないんだ」
「えっ?」
入れないとは、一体どういう事なのだろう。とても気になったけれど、エルはそれ以上は教えてくれなかった。




