いちばんに思い浮かぶのは 2
何故か、ユーインさんの言う通りエルは怒っている。
とにかく何をしていると尋ねられているのだ、ありのまま正直に話そうとわたしは口を開いた。
「ええと、ユーインさんと街に行ってきたの」
「は?」
「それでカフェに行って、お買いも」
「ふざけんな」
エルはわたしの言葉を遮るようにそう言うと、ずかずかとこちらへやって来て、移動のためにユーインさんと繋いだままだったわたしの手を、思い切り引き剥がした。
「こいつに触るな、病気になる」
「ええっ」
「ジゼルさん、なりませんよ。エルヴィスは酷いですね」
困ったように笑うユーインさんとわたしの間に入ると、エルはそのままわたしの腕を引いて歩き、ユーインさんがいる位置から一番遠いベッドの上に座らされた。
やがてその視線が、わたしの頭部で止まる。
「……お前、こんなの持ってなかったよな」
「それはさっき、ユーインさんに」
「本当にクソバカだなお前は」
「えっ」
そう言うとエルはわたしの髪からアクセサリーを取り、ユーインさんに向かってぶん投げた。わたしの数年分のお小遣いの値段のものに、なんてことを。
ユーインさんはそれをキャッチすると、かなり失礼なことをされているにも関わらず、何故か満足気に微笑んだ。
「そんなもんババアにでもやれ、少しは若作りになるだろ」
「怒っている小さなエルヴィスも可愛いですね」
「俺に舐めた口聞けるのも今だけだからな、覚えとけよ」
「はいはい、すみません」
にこにこと笑顔を浮かべているユーインさんは、やけに楽しそうだ。エルはかなり苛立っている様子だけれど。
「あの、ユーインさん、なんだかすみません」
「大丈夫ですよ。最初からこうなると思っていましたから」
「えっ」
やっぱり、ユーインさんという人はよく分からない。
「お土産、置いておきますね」
「あっ、本当にありがとうございます」
そう言うと、彼はどこからか先ほど買った大量のお菓子を出し、テーブルの上にどさりと置いた。こう見ると、小さなお店を開けるくらいのすごい量だ。
やがてユーインさんはひどく穏やかな表情を浮かべると、まるで子供をあやすようにエルに話しかけた。
「エルヴィス、ジゼルさんを大切にするんですよ」
「は? 何だよ急に」
「きっとこんなに貴方を思ってくれる素敵な人は、私達の長い人生の中でも滅多に現れません。羨ましいくらいです」
「…………」
「また遊びに来ますね」
「二度と来るな」
ではまた、と言うと彼はあっという間に姿を消した。相変わらず、マイペースな人だと思う。そしてユーインさんの言葉の意味はよくわからなかったけれど、わたしのことを褒めてくれているのは伝わってきて、なんだか嬉しくなった。
とは言え、部屋に残されたわたし達の二人の間には、なんとも言えない気まずさが漂う。
やがて大きな溜め息を吐き、わたしから少し離れたベッド上に寝転がったエルに恐る恐る声を掛けた。
「……エル、怒ってる?」
「はっ、なんで俺が怒る必要があるんだよ。バカ、アホ」
「絶対怒ってる」
「怒ってねえ」
「怒ってる」
「しつこい、マヌケ」
どう見ても怒っている。それでもエルは頑なに怒っていないと言い張った。自分の知人同士が、何も言わずに出掛けたのが気に障ったのかもしれない。わたしが彼の立場だったとしたら、何だか置いていかれたような気分になるだろう。
とにかく、わたしのせいで気分を悪くしたことに変わりはないのだ。ひたすら下手に出て謝ることにした。
「エル、ごめんね。エルの好きなお菓子、ユーインさんがたくさん買ってくれたんだよ。一緒に食べよう」
「…………」
「本当にごめんね、これからは勝手にユーインさんと二人で出掛けないようにする。エル、大好き。仲良くしたいな」
「…………ナッツクッキー」
「うん、わかった! とって来るね」
どうやら少しは、機嫌が直ったらしい。わたしは急いでナッツクッキーを取って来ると、寝転がったまま食べようとするエルの身体を引っ張り起こしたのだった。
◇◇◇
それから二人でお喋りをしながらお菓子を食べて、2時間ほどが経った。エルといると、自分でも驚くくらいに次々と口から言葉が出てきて、時間があっという間に過ぎていく。
「そういえば、エルの部屋って初めて来た」
「だろうな」
「うん、わたしじゃこっそり入ってこれないし。ていうか、どうやって帰ろう……ここ4階だよね」
「後で窓から下ろしてやる」
「ありがとう!」
後で下ろしてやる、ということはつまり、まだ此処に居てもいいということだ。
嬉しくなってエルに飛びつこうとしたところ、足が引っかかりテーブルがひっくり返った。その上、ひっくり返ったテーブルがぶつかり、棚が倒れた。なんと一瞬で、部屋の中がめちゃくちゃになる大惨事が起きてしまったのである。
そして気が付けば、わたしがエルを押し倒すような体勢にもなっていた。こんなベタなことがあるだろうか。
宝石のような瞳に映る、間の抜けた顔をした自分と目が合う。本当に彼の目は綺麗で、吸い込まれてしまいそうだ。
正直、めちゃくちゃになった部屋を思うと、そんなことを呑気に考えている場合ではないのだけれど。エルもまた、じっとわたしの顔を見つめている。
そんな時、不意に大きな音を立ててドアが開いて。
「エルヴィス様! 物凄い音がしましたがなに……か……」
そう言って物凄い勢いで部屋の中に飛び込んできたのは、なんとメガネくんだった。




