近づいて、ぶつかって 5
ショックを受けながらも待機場所に戻り、当たり前のようにエルの隣に座れば、彼はわたしの頭に先程渡したタオルをばさりと投げつけてくれて。嬉しくてだいぶ元気が出た。
「ねえエル、わたしメガネくんに嫌われてるみたい」
「だろうな」
「えっ?」
そう言い切るエルに、引っ掛かりを覚える。そんなにメガネくんがわたしを嫌いだというのは、分かりやすかったのだろうか。言われるまで全く気が付かなかった。
「もしかして、メガネくんと知り合いなの?」
「さあ」
そんな曖昧な返事をすると、エルは立ち上がった。彼の次の出場競技である、選抜リレーがそろそろ始まるらしい。クラスの代表5人が走り、かなり盛り上がるんだとか。
Sクラスからはエルやクライド様、そしてやっぱりメガネくんらが出ることになっている。結果、ダントツ一位でクラスは大いに盛りがった。エルは涼しげな顔をしながらもびっくりするくらいに足が速く、本当に格好良かった。
「バーネット様、とても素敵ですね!」
「うん!」
リネや他の女の子達も、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
やがて遠目でこちらへと戻ってくるエルを見ていると、途中で可愛らしい女の子達から、タオルや飲み物を差し出されていた。けれど彼は受け取りもせず戻ってきていて。
「あー、だる」
そしてわたしの隣に座ると、彼は手を差し出してきた。一体何を求められているのかわからず、首を傾げる。
「…………?」
「タオルと水に決まってんだろ」
「えっ、あ、わかった」
先程は断っていたから、てっきりいらないのかと思っていた。慌てて新しいものを用意し、エルに手渡す。とはいえ彼は、汗も全然かいていないようだった。
「エル、凄かった! 本当に運動神経いいんだね」
「あんなの、一ミリも本気出してない」
「えっ、あれで」
「出しても意味ねえだろ」
そして「甘い物が食べたい」なんて言うものだから、終わったらカフェに行こうと約束した。
◇◇◇
そしていよいよ、最後の全員リレーがやってきた。
この時点で二位のクラスとは僅差で、リレーで一位さえ取れればこのまま優勝、という吐きそうになるくらいの展開にわたしは今すぐ棄権したくなっていた。エルのことをもう何も言えない。
順番は事前にくじ引きで適当に決めてあり、わたしは最後から6番目だ。まだ巻き返しのきく前半の方が良かった。ちなみにわたしの次はリネだった。
ちなみに他クラスとの人数調節のため、一人だけ出場しなくて済むことになり、選抜リレーも出たエルに決まった。彼が絶対「俺は出ない」と言い切り、優しいクラスメイト達は皆どうぞと譲ったのだ。
「……ほ、本当に、緊張して死にそう」
「気にしすぎだろ」
いざリレーが始まると、総合二位のクラスとは接戦で、どんどんとわたしの吐き気が悪化していく。
そしていよいよ自身の番が来て、バトンを受け取り走り出したのだけれど。
「……っきゃ、」
なんとすぐ後ろにいた二番手のクラスの女の子が躓き、わたしを巻き込んで転んでしまったのだ。幸い少し膝を擦り剥いただけで、痛みは大したことはない。
「大丈、……え、」
わたしはすぐに女の子に大丈夫、と声をかけたけれど。その子は無視をして走り始めた。勝負の世界、非情すぎる。
慌てて走り出したものの、気が付けば一位の彼女とは結構な差が出来ていて、泣きたくなった。わたしのせいで、負けてしまうかもしれない。
少しだけ視界がぼやけながらも、必死に走り続けた先には何故か、リネではなく、エルがいて。
「本当、お人好しバカだな」
訳もわからず、呆れたようにそう言った彼が差し出した手にバトンを渡す。どうしてエルが、ここに。
呆然としながら、走り出した彼を見つめているわたしの元にリネがすぐに駆け寄ってきて、興奮気味に話してくれた。
「バーネット様が急に代われって言ってくださったんです」
「え、」
「あいつがこの後、自分のせいで負けたとか言ってへこんでいたら面倒だからって。か、格好良すぎます……!」
「……うそ」
そんな信じられない言葉を聞きながら、エルの姿を見つめる。結果、彼は他クラスを追い抜き一位に躍り出たうえ、差をつけて次の人にバトンを渡していて。
いつの間にかわたしの心臓は痛いくらいに早鐘を打ち、悲しくもないのに泣きたくなっていた。
「バーネット様、本当に本当に、素敵ですね……!」
「…………っうん」
あんなに面倒だって、だるいって言っていたのに。わたしのためだけに、エルはリネと代わってくれたのだ。
「あー、つっかれた。熱い。だるい」
やがてわたし達の元へと戻ってきたエルは、かなり汗をかいていて。先程のリレーの後の様子とは、全然違う。
そのまま彼はどかりと地面に座ると「水」と言われ、わたしは慌てて水を持ってきて渡した。
エルはそれを一気に飲み干すと「久しぶりに水、美味い」なんて言うものだから。
なんとか泣かないようにと我慢していたけれど、懐かしい気持ちにまで背中を押されてしまったわたしは、あっさりと我慢の限界を超え、子供のように泣き出していた。
「エル、っ本当に、ありがとう……」
「なんで泣いてんの、お前」
「う、嬉しくて……あと、大好き……」
「あっそ」
ぐずぐずと泣き続けるわたしに、エルは「さっさと足でも治せ」とまで言ってくれた。予想を超えたエルの優しさの連続に、涙が止まらない。本当に、大好きで仕方がなかった。
自身の膝のことなど忘れていたけれど、少しだけ血も流れていて、すぐに魔法で治した。やがて無事にSクラスは一位でゴールし、クラスメイト達が一気に沸き立つ。
そんな中、エルにしがみついて泣き続けていたわたしは、いつもとは少しだけ違う、胸の苦しさを覚えていた。
「……なんか、心臓が痛い」
「走ったからだろ」
「あ、そっか」




