ちいさな世界をそっと開いて 4
「これ、大したもんじゃねえけど」
「えっ?」
ある日の朝。寮から登校してきて自席に着くと、ジュードがわたしの元へとやってきて。彼は可愛らしい小袋に入ったキャンディを手渡してくれた。
貰えるのは嬉しいけれど、急に何故だろうと首を傾げているわたしを見て、彼もまた困ったような表情を浮かべた。
「お前、今日が誕生日じゃなかったか?」
「…………あ、」
「弟と同じ日だから、覚えてたんだ」
そんな彼の言葉に、はっとする。思い返せばここ数年、生まれた日を祝って貰ったことなんてなかったから、自身の誕生日など完全に忘れていた。
どうやらわたしは今日で15歳になったらしい。近くに座っていたリネが「えっ」と立ち上がる。
「ジゼル、今日がお誕生日だったんですか……?」
「だったみたい……」
「そんな……何も用意していません」
「気持ちだけでとっても嬉しいよ。ありがとう、リネ」
そう言うと、わたしはジュードに向き直った。
「ジュード、本当にありがとう! 本当に本当に嬉しい。わたし、誕生日プレゼントなんて子供の頃以来に貰ったもの」
彼の大きな手を取って、涙目になってしまうのを堪えながら何度もお礼を言えば「こんなもんでそんなに喜ばれると、逆に困る」と彼は眉を下げて笑っていた。
けれど本当に、嬉しかったのだ。たった数日しか一緒にいなかったのに、誕生日まで覚えてくれていたなんて。その上プレゼントまで貰えたわたしは、感動でいっぱいだった。
「ジゼル、どうか昼休みまで待っていてくださいね」
「うん……?」
何やら気合が入っている様子のリネはそれだけを言いに来ると、自席に戻って行った。同時に、大きな欠伸をしながらエルが教室へと入ってくる。
おはようと声をかければ「ん」とだけ言い、目を擦った彼は席に座り、そのまま突っ伏した。どうやら寝不足らしい。そんな姿も可愛いなあなんて思いながら、わたしはソワソワするような、不思議な気持ちに包まれていた。
「ジゼル様、おめでとうございます」
「あ、ありがとう……!」
そして、放課後。わたしの机の上はいつの間にか、沢山のお菓子や小物、そして大きな花束で埋もれていた。お菓子や小物はクラスの子達から、花束はクライド様からだ。
リネも学園内の雑貨屋さんで、可愛らしいカチューシャとブレスレットを買ってプレゼントしてくれた。色違いのお揃いだと言われ、そんな素敵な経験のなかったわたしは、嬉しくてまた泣いてしまった。
その上、ほとんど話したことのなかったクラスメイト達も何故か、お祝いの言葉とプレゼントをくれて。わたしは泣きながらお礼を言い続ける、様子のおかしな人になっていた。
誕生日がこんなにも嬉しいものだなんて、わたしは知らなかった。胸の奥から温かいものがじわじわと溢れ出てきて、それと同時にやっぱり、涙が出てくる。
「喋ったこともあんまりないのに、みんな、やさしい……」
「みんな、ジゼルと仲良くなりたかったんだと思いますよ。それに、お菓子一つで泣きながら喜んでいる様子を見れば、お祝いしたくなる気持ちもわかります」
「……っう、」
そんなリネの言葉に、また涙が出る。少し前までは友達が出来ないと、頭を抱えていたというのに。今ならやっぱり、友達100人くらい出来そうだと思ってしまう。
そうして泣いているわたしの元へ、今日初めてエルがやってきた。入れ替わり立ち代わり人が来ていたから、面倒だと思って近づいてこなかったのだろう。
彼はもはや号泣しているわたしと机の上を見比べると、驚いたように少しだけ切れ長の瞳を見開いた。
「ぶっさいくな顔してどうした? これ、食っていいの」
「うっ……これは、流石のエルにもあげられない」
わたしは「これ、誕生日プレゼントなの」と説明した。
「誰の」
「わたしの」
「は?」
こんなにも驚いたエルの顔を見るのは、久しぶりかもしれない。ただの何もない日だった去年の誕生日も、彼と出会う少し前だったから、エルにも言ったことはなかった。
「わたしもね、朝ジュードに言われて気が付いたんだ」
「……ふうん」
エルはそう言うと、なんとも言えない表情を浮かべて。やがて彼はそのまま何も言わず、教室を出て行ってしまった。
エルからお祝いの言葉や物を貰いたいとはもちろん思っていない。わたしは彼から、すでにたくさんの物をもらっているからだ。エルがわたしの側にいてくれること自体が、人生最大のプレゼントだと本気で思っている。
やがてわたしはリネと共に腕いっぱいのプレゼントを抱えると、幸せな気持ちで教室を後にしたのだった。
◇◇◇
その日の夜。寝る支度を済ませ、今日貰ったプレゼント達を机に並べて眺め、頬を緩ませていたわたしは、窓が開く音に慌てて顔を上げた。勿論そこには、エルがいて。
「エル? こんな時間にどうしたの?」
「別に、何も」
そうして彼は当たり前のように、わたしのベッドに寝転んだ。エルがこんな時間に来るのは初めてだった。
とは言えもちろん嬉しくて、わたしはいつものようにエルの近くに座り、他愛ない話をする。それにエルが「へえ」だとか「ふーん」という相槌を打つのが小一時間ほど続いて。
眠たくなってきたところで、エルは「そろそろ帰る」と言い出した。そして彼は、いつものように窓枠に腰かける。
彼が何を思って来てくれたのかは、わからない。けれどもしかしたら、本当にもしかしたら。わたしが誕生日なのを意識して来てくれたのかもしれないと、期待してしまう。
だからこそわたしは、そんな彼の背中に向かって「エル、来てくれてありがとう。大好き」と伝えたら。
「ジゼル」
不意に、振り返ったエルはそう呟いて。
「少しは大人になれよ、クソガキ」
次の瞬間には、小さく笑った彼の姿は消えていた。
その場に立ち尽くしていたわたしは、ぱたりとベッドに倒れ込んだあと、しばらく泣き続けた。勿論、嬉しくてだ。
……明日の朝、ぱんぱんに腫れたわたしの顔を見て、エルはやっぱり「ぶっさいく」だなんて言って笑うのだろう。
15歳の誕生日は、沢山の人にお祝いをしてもらって。そして初めて、エルが名前を呼んでくれた大切な日となった。