ふたり手を繋いでゆっくりと 3
「そういえば、エルって美少年なんだった」
「は?」
魔法学園の入学試験当日。広大な敷地と、並び立つ大きな雰囲気のある建物を前に、わたしはひどく緊張していた。
もちろん「だる」なんて言っているエルも一緒で。馬車から降りた途端、周りにいた人々の視線が一気にこちらへと集中した。間違いなく皆、エルを見ている。
けれど彼は全く気にならないらしく、涼しげな表情のままだ。わたしは毎日朝から晩まで一緒にいるせいか、彼のとんでもなく美しい顔にも見慣れてしまっていたらしい。
「な、なんだかドキドキする……落ちたらどうしよう」
「バカか、魔法が使えて落ちるはずないだろ」
小馬鹿にしたようにわたしを笑うエルと共に、受付を済ませる。番号札をもらうと、広い講堂のような場所に並んで座り、順番に呼ばれるのを待った。
周りには沢山の同じくらいの年齢の男女がいて、高位貴族のような人もいれば、平民らしき人もいる。
この中にいる誰かが、未来の同級生、そして友人になるのかもしれないと思うとワクワクしてしまう。
「ジゼル嬢、こんにちは」
「ク、クライド様……! こんにちは」
そんな中、なんとあのクライド様がわたしにわざわざ声をかけてくださったのだ。お会いするのはあの日以来だったけれど、相変わらず優しげな笑顔が眩しい。
エルといることでただでさえ、周りの視線をかっさらっているというのに、彼が現れたことで今や講堂内の全ての視線が、ここに集まっていると言っても過言ではなかった。
「あれから連絡をくれないので、嫌われてしまったのかと」
「えっ、すみません! そんなことあるはずないです!」
「本当に? それなら良かった」
どうやら先日のあれは、社交辞令ではなかったらしい。ふわりと微笑んだ彼は、やがて隣のエルに視線を向けた。
「こちらは?」
「あっ、ええと」
我が家の執事見習いで、と言おうとしたわたしは慌てて口を噤んだ。今のエルは、どう見ても以前クライド様にお話しした「看病してあげたい子供」という感じではない。
なんて紹介しようかと、頭を悩ませていた時だった。
「エルヴィス・バーネットと申します。バーネット子爵家の三男で、彼女とは子供の頃からの知り合いなんです」
「ああ、そうでしたか。クライド・ランチェスターです」
思わず「えっ」と言いそうになるのを堪える。子爵家三男のバーネットさんとは、一体誰なんだろう。
やがてクライド様が差し出した手を、エルは小さく笑顔を浮かべ握り返した。その様子に、ひどく安堵する。
「お二人共、これからよろしくお願いしますね」
そう言って微笑むと、クライド様は眼鏡をかけた少年と共に歩いて行く。そしてその姿が見えなくなった途端、わたしはすぐにエルに小声で問いかけた。
「ねえ、バーネットってだれ……? 子爵家って?」
「お前と一緒に居るのなら、平民じゃ困ることもあるだろうって、ユーインが勝手に用意した設定」
「そんな大事なこと、先に言っておいてよ」
「忘れてた」
そんなものを用意できるユーインさんは一体、何者なんだろう。謎は深まるばかりだ。
けれど学園でも、立場を気にせずにエルと過ごせるのはとても嬉しい。今度会ったらお礼を言おうと決め、わたしは再び自身が呼ばれるのを待った。
◇◇◇
「え、Sクラス……?」
「はい。これから頑張ってくださいね」
自身の持つ番号を呼ばれた後、わたしはエルと別れ別室へと案内されて。数人の教師らしき人達の前で、丸く透き通った水晶に触れるよう言われた。どうやらこの水晶に触れることで、魔力の判定が出来るらしい。
言われた通りにそっと手のひらをあてると、水晶は驚くほど眩しく、白く光った。そしてそれを見た年配の男性に「おめでとうございます。Sクラスですよ」と告げられたのだ。
Sクラスは特別クラスとも呼ばれていて、かなりの才能を持った生徒のみが入れるものだと聞いている。以前エルに魔力量が多いとは言われていたけれど、まさか自分がSクラスに選ばれるなんて、思いもしなかった。
とにかく合格して良かったと安堵しつつ、説明された通り別室へ行き、結果を報告して入学用の書類を貰う。きょろきょろと周りを見回しても、エルの姿はない。
ずっと部屋の中にいては、迷惑になるに違いない。そう思い廊下のベンチに座って待とうと、歩き出した時だった。
不意に、思い切り誰かの肩にぶつかってしまって。「すみません」とすぐに顔を上げたわたしは、息を呑んだ。
「………ジュード?」
その名を呟けば、困惑したような表情を向けられる。
「人違いだろ、俺に貴族のお嬢さんの知り合いなんぞ、」
「わたし、ジゼルだよ! 二年前、貧民街で一緒だった!」
そう言って自身の顔を指差して見つめれば、あの頃よりもずっと背の高くなったジュードは、灰色の瞳を見開いた。
「本当に、ジゼルなのか……?」
「うん!」
母が亡くなってから伯爵が迎えに来るまでの数日間、貧民街で暮らしていた際に、右も左もわからないわたしの面倒を見てくれていたのがジュードだった。
彼は貧民街の子供たちのボス的存在で、色々なことを知っていた。生きていく術や、抜け道なんかも。わたしが売り飛ばされずに済んでいたのも、間違いなく彼のお蔭だ。
そして突然伯爵が迎えに来たことで戸惑っていたわたしに「こんな所にいるよりも、絶対にいい。そして二度と此処には来るな」と言ってくれたのも彼だった。
けれど過去に一度だけ、その約束を破って会いに行ったけれど。彼には会えずじまいだった。
「元気そうで良かった! また会えて嬉しい」
「……お前も、元気そうだな」
「うん。此処にいるってことは、ジュードも学園に?」
「ああ、俺は騎士を目指すつもりだ」
「ジュードにぴったりだね!」
まさかこんなところで再会するなんて、思ってもみなかった。学園生活が本当に楽しみだと浮かれていると、突然ぐいっと後ろからドレスを引っ張られて。
「疲れた。さっさと帰るぞ」
「あっ、ごめんね」
振り返れば予想通り、エルが不機嫌な顔で立っていた。
「またね、ジュード! 来年からよろしくね」
「……ああ」
そうして彼にぶんぶんと手を振ると、わたしはさっさと歩き出したエルの背中を慌てて追いかける。
「ねえねえ、エルもちゃんと受かった?」
「誰に向かって口聞いてんだ、バカ」
「わたしね、Sクラスだったよ! エルは?」
「だから誰に向かって、」
「やっぱり、エルと同じクラスなの!?」
嬉しくなったわたしは、少し前を歩く彼の左手を自身の右手ですくいとり、ぎゅっと握る。いつも握り返されることはないけれど、振り解かれることもない。それで十分だった。
「学園生活、とっても楽しみだね」
「まったく」
けれど今日は彼の指先がほんの少しだけ、わたしの手の甲に触れていることに、気が付いてしまった。
思わず口元が緩んでしまうわたしに「いつも以上にアホみたいな顔してんぞ」なんて言うエルが、何よりも愛しくて。
彼と共に過ごせる学園生活が、楽しみで仕方なかった。
「エル、大好き」
「……あっそ」