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肩より少しだけ長い髪

作者: 遠野悠

 髪が伸びたなぁと思った。


 いつもは肩にかかるかかからないかくらいで切っていたので、ふとしたときについつい髪を触ってしまう癖がついていることに気づく。こんなはずじゃなかったのになとひとり呟いた。



 私は、今街を当てもなく歩いていた。家にじっと閉じこもっていると、少しだけ自分という闇に支配されてしまいそうで怖かったから。


 街中はいつもと同じようで違う、なんだかよくわからない雰囲気に包まれている。日傘を少しずらして遠くを見てみた。


 そこには人がただただ歩いているだけの景色が広がっている。


 なにが違うと思ったのだろう。私は首をかしげるが答えは出ない。


 なんとなく、いつからこんなに人は他人に無関心になったのだろうと考えた。



 私が小さかったとき、ここよりもっと田舎に住んでいた。田舎という響きがイメージする通り、街を歩いていると知らないようで知っている景色を見たり、顔見知り程度の人に良く話しかけられたりした。それが悪いというわけではないが、私はそのたびに事務的な言葉を返した。


 私はそのころ、おてんばで、もうちょっと女の子らしく過ごせとよく言われていた。



 学生時代になると、友達もたくさんできて、彼氏と呼ばれるような存在もできた。私はそのころ少しだけ背伸びをした。早く大人になりたいと心の内側から浮かび上がってくる感情を持て余していたのかもしれない。


 髪を振り乱して走り回るなんてことはしなくなったし、ヘラヘラと笑うこともなくなった。私は女の子らしい型にはまった姿を毎日鏡で見ていた。


 その姿にお腹がいっぱいになるのはすぐだった。早くこんな世界を飛び出して一人きりになりたいと毎日のように考えた。


 高校を卒業すると、逃げるように今の場所に居場所を移す。ここなら、私が思った通りの生活ができるのではないかと感じて。


 ただ、逃げた先にあったのは元居た場所よりもっとお腹がいっぱいになって今にも吐き出しそうになる場所でしかなかったが。


 私はそのころ、伸ばしていた髪をバッサリ切った。少しでも自分という存在を示したかったのかもしれない。それから肩より長く髪を伸ばしたことはなかった。



 そんな昔話を思い出していたら、事故が起こった。車とバイクがぶつかって大きな音があたりに響き渡る。人々は興味がそこに移ったのか、様子をうかがいに音がした方へ歩き始めた。私はなんだかその様子に無性に吐き気がして、その場所を後にした。



 部屋でエアコンの風にあたりながら、あの事故はいったいどうなったのだろうと思い出した。吐き気も同時にやってきたが、それは無視してなんで思い出したのだろうかと自分を不思議に思った。自分のことがわからないとは、どうしたものか。


 一人になると、暇になると、人は考え事をするのかもしれない。どうでも良いことをあれかこれかと考える。今の私もそういった感じだ。


 打ち込む趣味もなく、進学した学校も楽しくない。話す相手がいるわけでもない私。私は一人だなと、声に出してみてもその音が誰かの耳に届くことはない。



 今年の夏も、同じなのかもしれないと思った。


 でも、せっかく切りそこなった髪を伸ばしてみようかな、そんな気まぐれを起こすくらいには違う年なのかもしれない。


 明日は美容院にいって髪を整えてもらおう。きれいな後ろ姿になるまでどのくらいかかるだろう。


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