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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
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君を探して②

 明智はソファーの後ろにもたれて言った。

「京都にはいつもお二人で来られるのですか?」

 ふたりは静かに返事をした。

「どうして、そこまで拘るのですか?」

 明智の問いに長良香が答えた。

「幼い頃から、母に何度も読み聞かせてもらって、いつの間にか、のめり込みました。女優だった母が演じていた影響もあります。それに私がまもなく結婚するので、それまでに一区切りしたいというのもあります」

 代わって村上千種が言った。

「私は父から教わりました。いつも途中で諦めてしまうのですけど、自分が好きなところは何度も読んでいます」

「おふたりは同じ職場だということですが、差支えなければお聞かせください」

 譲り合うかたちで結局、村上千種が答えた。

「私は劇団で役者をしていて、彼女はそこで脚本を書いています」

 ふたりの言葉に納得した明智は言った。

「東京に戻られるのはいつですか?」

「明々後日の朝です」

 しばらく考えた後、明智は言った。

「わかりました。お引き受けしましょう」

「えっ?本当ですか?」

 ふたりは再度明智に確認して、お互いの顔を見合わせ、すぐ目を反らした。

「ただし、条件がひとつあります」

「は、はい」

「集合場所と時間はこちらで指定させてもらいます。おふたりが京都を発つ前日、つまり明後日の夜になると思います。こちらから連絡しますので、それまで京都観光を楽しんでください」

「よろしくお願いします」

 ふたりは何度も頭を下げて、六歴探を後にした。

 小林は階下まで見送り、明智は窓から依頼人が行くのを見ていた。去って行くふたりはやはり微妙な距離感を保ったままであった。明智は長ソファーに寝そべりタバコに火を付けた。そこに階段を駆け上がって来た小林が言った。

「先生。本当にあんな依頼を受けるのですか?どうかしていますよ、あの人たち」

「小林くん。じゃあオレもどうかしているんだな?」

「いえ、そうではなくて…」

「引き受けたのはオレだ」

「すいません。でも、光源氏に会いたいなんて無理に決まっていますよ。千年も前の、しかも『源氏物語』は小説ですよ!それにあのふたりは相当仲が悪いですよ。よく一緒に京都まで来られましたね?それも何度も」

 初仕事のためか、それとも依頼内容が突拍子もないからか、小林は興奮気味に語った。

「小林くん。依頼人はそれぞれ自分たちをどう見立てていた?」

 明智に問われ小林は調査書を読み、答えた。

「長良さんが葵の上で村上さんが夕顔です」

「君はそのふたりの人物を知っているか?」

「源氏物語は知っていますが、詳しい中身は知りません」

「何か気づいたことはあるか?」

 小林はもう一度調査書を見て考えた。

「そうですねぇ、同級生で同じ職場で働き、趣味も同じなのに仲が悪い。それなのに、何度も一緒に京都へ来る。解らないですねぇ。それが女性の不思議と言ったらそれまでですが、それにしても解りません」

「小林くん。キミの言う通り、源氏物語は小説だ。しかし、江戸時代にある人物が夕顔を偲んで墓まで建てた。実際、五条にあるその辺りは『夕顔町』という」

「えっ?本当ですか?」

「それが、千年経った今でも源氏物語が愛されている理由のひとつだ。他に気づいたことは?」

「あと~、いくら仲が悪いと言っても、泊まる所まで別々にしなくてもいいと思うのですけど…同じ部屋が嫌だったら、部屋を別々にすればいいのに、顔を合わすのも嫌なのかなぁ?それとも空部屋がなかったのかな?」

「小林くん。ホテルはどこだ?」

「え~と、長良さんがインターナショナルホテルで、村上さんがアルベールホテルです」

 明智はタバコに火を付け言った。

「二つのホテルの住所を調べておいてくれ。それが終わったら店に戻りなさい」

 そう言って明智は事務所を出た。明智の言いつけを終わらせた小林はベイルートに帰り、ウェイターの仕事に戻った。ランチタイムはすでに終わっていた。

「桃香さん、すいませんでした。一番忙しい時にいなくて」

 皿を洗いながら小林は謝った。

「何言っているの、小林くん。本業はそっちでしょ?初仕事はどうだった?」

「え~、大変でした。先生、あんな依頼をいつも受けているのかなぁ?とにかく変わった依頼者で、先生もよく引き受けたものですよ。女性ふたり…」

 小林が熱弁を奮っている途中で桃香が口を挟んだ。

「小林くん。いいの?依頼者のこと話しても…業平様がいたら怒られるよ」

「あっ!そうでした。すいません桃香さん」

 小林は黙々と皿を洗った。静かな午後であったがベイルートの前に黒塗りの高級車が停車し、鈴の音と共に騒がしい午後に変わった。中に入ってきたのは着物姿の男であった。男は奥に進むとマスターに言った。

「源さん。お変わりのぉ」

 頷くマスター。男は続いて桃香に言った。

「桃香ちゃんは相変わらず、べっぴんさんやなぁ」

「こんにちは、清兵衛さん。いつも、お上手ですこと」

「そちらは、新人さん?」

「あっ、はい。小林です。よろしくお願いします」

 何も分からないまま挨拶する小林。

「特等席空いてまっしゃろか?」

「はい。開いています。どうぞ」

 清兵衛が「特等席」といった所はここベイルートで一番外の眺めがいい席である。入り口は道を挟んで向いのヒメビル側にあり、道を進むと鴨川を渡る橋に出る。

 そこに交差して川と平行している道が角地に建っているベイルートを囲む。その窓から鴨川を越して遠く東山がよく見えることから、いつしか皆「特等席」と呼ん

でいる。観光客のために明智や常連客は滅多にそこに座らない。いそいそと、席に着く清兵衛は「みくるパフェ」を注文し、葉巻を取り出した。水を運んで不思議そうに戻ってきた小林は桃香に尋ねた。

「桃香さん。あの人は誰ですか?」

「清兵衛さん。ヒメちゃんのお父上」

「えっ!会社の社長さんですか?」

「いいえ。どこかの団体の理事をされているらしいわ」

 ちょうどそこへ明智と京子が入ってきた。

「悪いな!おっさん。わざわざ」

 そう言って明智は清兵衛の向いに座った。

「やぁ、業平君。構わへん、構わへん。ちょうど近くに用があるさかい」

「ああ。マリエの同伴出勤か?」

 明智の答えに慌てる清兵衛。

「業平君、そないな大きな声で言うたらヒメに聞こえるやおへんか?」

 しかし、時すでに遅く京子が言った。

「パ~パ!マリエってだ~れ?」

「いや!その~、ヒメちゃん、それは…」

 清兵衛の目は明智に助け舟を求めている。

「ミヤコ。お前も寝んねじゃないんだから、いい年をした親父の心配はよせ!このハゲ親父がそんなにモテると思うか?」

「業平君。ちょっと厳しいやおへんか?」

 苦笑う清兵衛に明智はニタっとした。

「別にパパの心配をしているんじゃないよ!パパがヘンな事をして、お母様を困らせたら嫌だから言ってるの!」

 そう言って京子はテーブルを離れた。機嫌を取るために清兵衛は京子の後を追った。明智はタバコを取り出し火柱を上げた。そこに小林が近づき明智に聞いた。

「先生。あと二日ですけど、大丈夫ですかね?それと、ホテルの住所分かりました」

 明智は小林から手渡されたメモを確認した。

「なるほど。そういうことか」

 メモにはふたつのホテルの住所だけしか書かれていないが、明智にはそれで十分のようである。そして、小林に言った。

「これからキミには同立大へ行ってもらう。そこにいる木村准教授を訪ねてくれ」

「はい。で、どのような用件で?」

「あるものを預かってきてほしい。さっき依頼したところだから、まだ出来ていないかも知れん。待っている間『源氏物語』を勉強してきなさい。木村に頼んであるから」

「わ、わかりました。先生はどこかにお出かけですか?」

「俺は祇園に行く」

「祇園って、芸者遊びですか?高いんですよね?経費は大丈夫なんですか?」

「だから、おっさんを呼んだ!」

 明智は娘を見送った清兵衛を見た。

「なるほど」

 感心する小林と明智の会話など露程も知らない清兵衛は席に戻ってきた。

「あ~、やっとヒメ、納得してくれた。ところで業平君、用件はなんぞや?」

「祇園に連れて行ってくれないか?」

「なんや、今さら。業平君やったらわてが一緒やのうても入れるやおへんか?」

「ちょっと色々あってな。できたら、アンタとマリエ、あと女の子何人か一緒に連れて行ってくれないか?」

「どこに行くんや?」

「プリンシペ。ホストクラブだ」

「え~?業平君。まさか、そっちの方も目覚めたんか?」

「バカ言え!プリンシペは祇園でも一、二を争うホストクラブで客のレベルも相当高い。そこならイイ女も集まるってことだよ。聞くところによると、涼音も常連らしいぞ」

 それを聞いて清兵衛の目の色が変わった。

「ホンマか?業平君。間違いおへんな?」

 必死な清兵衛に明智は適当に返事した。

 だが清兵衛は一転、難しい顔になり考え込んで言った。

「仮に涼音がおったら、これは難儀なことになるやおへんかぁ!マリエもおるさかい。そや!その時は業平君がマリエの男はんになったらええのんや!それで頼んまっさぁ」

 一人で盛り上がる清兵衛に、常連客の金物屋主人、荒木が言った。

「清兵衛はん、それはあきまへんわ!涼音はんには意中のお方がおりまっさかい」

「何?荒木はん、それはどこの誰でっか?」

 通路を挟んで斜めの席に座る清兵衛と荒木の前を、ちょうど清兵衛にパフェを届けた桃香が通り過ぎて、食いつく清兵衛に荒木の声が遮られた。むくれた顔でカウンターに戻ってきた桃香に小林が聞いた。

「涼音さんってどんな人なのかな?知っています?桃香さん」

「興味ある?小林くん」

「いえ、それほどでも…ただ、この間からよく聞く名前だから…」

「涼音さんは祇園一とも言われる芸妓さん。以前、業平様が解決した事件でお世話になったからと、挨拶にここへ来られたことがあって、一度だけ会ったことがある。評判通りの凄い美人でとても素敵な人だった」

 小林には桃香が涼音への憧れの気持ちと、競争心が見え隠れしているのを感じた。その日の夜、明智は清兵衛とホステスのマリエ、それに彼女の同僚ふたりを伴ってホストクラブ「プリンシペ」に入った。

 入り口の胡蝶蘭、ドアマンと呼ばれる若手ホストに迎えられた五人は煌びやか店内に誘われた。ホストたちの歓迎を受けた明智一行はVIP席に案内された。

「業平君。わてらは暇やな?まぁ、マリエたちが楽しんどるさかい、ええとしとくか」

 そう言いながらも清兵衛は周りをキョロキョロしながら落ち着きがない。

 席に着いて早速のもてなしに女性陣はキラキラとした目で喜んでいる。

「皆様。本日はプリンシペへお越しいただきまして、ありがとうございます。わたくしは責任者の桐野でございます。これは一条様。はじめまして。お噂は兼ね兼ねお聞き致しております」

「お初に!どんな噂か気になりますなぁ。まぁ、今後とも御贔屓に!」

 さすがに桐野はホストクラブの店長だけあって、背が高く二枚目である。マリエたちも歓声を上げるのを躊躇わない。桐野と共に来た三人のホストが女性陣の間に着席して、彼女たちはより一層テンションが上った。

 それを見計らって明智は桐野に目配せをして席を立った。

「明智先生、嬉しいわ!初めてやな?先生が来てくれるの。寂しかったわぁ!ウチが先生に会えるの、小町のとこだけ?」

「コラコラ!近い!近い!さっきと全然、話し方が違うだろ!」

「それは先生が乙女なウチしか知らんからやで!」

「誰が乙女だ!どう見てもあんちゃんだろ」

「もう、先生のいけず!」

 そう言って桐野は明智の胸に人差し指で円を何度も書いて近づいた。それを撥ね退けた明智は火柱で桐野を遠ざけた。

「ホスト全員を十分ずつ順番につけてくれないか?アンタはおっさんに張り付いて涼音の話でもしておいてくれ」

「先生の横やないの?涼音ちゃんの話?」

「涼音と仲いいんだろ?おっさんは涼音に熱を上げている。喜ぶような話をしてやれ」

「ところで、先生は涼音ちゃんのことどう思ってるの?」

「どうって、どういう意味だ?」

「その~…涼音ちゃんにホの字だとか…」

「ホの字って、いつの時代の人間だ!」

 明智は笑ってはぐらかし桐野が食い下がったが、それ以上相手にせず席に戻った。マリエたち三人の女性は次々に変わるホストたちに、その都度清兵衛に確認した後、ドンペリを注文して盛り上がっている。

 清兵衛は桐野の涼音話をメモでも取るかのような勢いで聞いている。ホストが一巡したところで明智はひとり店を後にした。

 翌日、小林は大学に行くためいつもより早く起きて、アパートの扉を開けて出たところで我が目を疑った。ちょうど隣に住む桃香の部屋の扉が開き、中から出てきたのが明智だったからだ。明智はボサボサの髪で肩に黒いスーツの上着を乗せ、酒の匂いをプンプンさせ明らかに二日酔いといった感じで出てきた。

「お、おはよう、小林くん。今朝は早いな」

 明智にいつもの精悍さはなく、挨拶するのがやっと、といった感じである。

「先生…おはよう…ございます」

 小林は挨拶のあと、すぐにでも明智に質問したかったが急いでいるのと、扉が閉まる瞬間聞こえた桃香の声に躊躇して、明智より先に階段を駆け降りた。そのあと小林は大学の研究室で何かモヤモヤした中、課題をこなしていた。別に今朝方目撃した光景にショックを受けたわけではない。

 普段、桃香の明智への態度を見ていると何ら不思議なことではなく、むしろ早い段階でそれを知ったことで、今後自分の立ち位置を明確にできる。

 そんな事を考えながら課題をしていると、他の者の声など聞こえるはずもなく、当然手にしているものにも集中できない。

 科学専攻の小林の周りには危険なものも多い。大事に至る前に皆から指摘され、予定より早く大学を後にした。元々ベイルートのランチタイムまでに戻る予定で手際よく終わらすはずだったが、途中で投げ出した手前、皆に迷惑を掛けたことを悔んだ。

 帰路途中、小林はふと思った。そこまで思い詰めるほど自分はショックを受けたのか。まさか、自分は桃香を好きなのではないか。いつも一緒に仕事をしているから、そういう感情になっているだけなのか。

 いや、そうではない。当初、掴みどころのない明智に警戒していたが、接するうちに彼の何か人を引き付けるところ、不器用ではあるが彼の優しさと懐の深さを知った。尊敬し始めたそんな時に目撃した、見てはいけない世界に遭遇した。今朝はいつもより早い時間だったので、普段通りならば、これほど考えなくてもよかったとさえ思った。

 小林は気がつくとベイルートの扉を開けていた。

 耳慣れた鈴の音が空しく奏でる。

「おかえり、小林くん。早かったね」

 小林はそう言っていつもと変わらない笑顔で迎えてくれた桃香に、何か疾しさを持った自分が嫌だった。

「どうしたの?元気ないね?」

 俯いていた小林はてっきり桃香だと思ったが、声の主は京子であった。

「あっ!一条先輩。お昼ですか?」

「うん。見た通りだけど」

 小林は京子の当然の言葉に今日の自分のおかしさを再認し、自分への援護と受け取った。

「あの~、先生は?」

 桃香を直視できない小林は極端に遠慮して彼女に聞いた。

「業平様は早くに出かけた。太秦に行くって。それと、小林くんに依頼人ふたりへ連絡をして欲しいと言っていたよ」

 そう言って桃香はメモを小林に渡した。メモには「明日、十八時に二条城前に集合」 と書かれていた。小林はメモの本文よりもその前に書かれてある文字に注目した。そこには∧「なりひらさま♡~小林くん◇」と書かれてあった。明智のハートマークは解るが自分のあとにあるダイヤのマークは何を意味しているのか、気にはなったが、それよりも今朝の記憶が生々しく蘇って聞くことを憚った。不思議がっている桃香と京子の問いにさして満足のいく答えをしないまま、小林は六歴探に向かった。

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