助手決定②
「ヘイちゃん、ゴメン!彼はここの学生じゃないの」
京子は俯きながら茶髪学生を見て言った。そして京子は続けた。
「言われた通り最低三人は見つからなかったから、彼に無理言って来てもらったの。K大じゃないけど、同立大だから近いし、いいかなって思ったから…」
そう京子が言い終わると、茶髪学生は急に立ち上がり背筋を伸ばして明智に言った。
「すいません。先程は失礼なことを言いました。僕はミヤちゃん、いや、京子さんたちと違って同立大ですが、いま法学部で勉強していまして、将来弁護士になりたいと思っています」
「法学部?どっちにしろダメだ!」
明智の言葉に要領を得ない茶髪学生に京子が代わって言った。
「ほんとゴメンね!小林くん。ヘイちゃんはK大の理系の人を探していたの。今度、この埋め合わせは必ずするから許して」
可愛く手を合わせる京子に照れながら茶髪学生は笑顔で答えた。
「ほんまに?ミヤちゃん。楽しみやなぁ」
腕組みしていた明智が茶髪学生を睨むと、彼は小さく縮こまった。
「いいよ、ミヤコ。アリガトな!」
明智はそう言うと、京子の頭を撫でた。はにかむ京子。それを見た三人の学生は少し羨ましそうな面持ちであった。
「じゃあ改めて紹介するね。まず彼が工学部三回生の小林さん」
「どうも。小林です」
京子は自分の正面に座る男子学生を指した。見たからに大食漢といった感じの小林はモゴモゴと挨拶した。
三人の学生はそれぞれお互いの顔を見てキョトンとした表情をしている。
「それから、隣の彼が理学部一回生の小林くん」
「…初めまして…あのぉ、小林です」
三人の内、真ん中に座って先の大柄な小林とは対照的な体格で色の白い小林が、不思議そうな顔で自信なさげに挨拶した。そう。三人が紹介されたことで学生たち自身も各々名字が同じだったことを知ったのである。
「え~!みんな小林なんやな?」
茶髪の小林が二人の小林に促すと、大柄な小林は首を何度も縦に振り、細身で色白な小林は腕を組んで何か考えている。そして、色白な小林は言った。
「不思議ですねぇ?小林は結構多い名字ですけど、偶然にしても出来過ぎです」
「よく気づいたねぇ、小林くん。さすが未来のノーベル賞候補」
そう言って茶化す京子に、恥ずかしそうに色白な小林が返した。
「からかわないで下さい、一条先輩。僕はそんなタイプではないですよ」
「ダメダメ!謙遜しても…ちゃんと調べたんだから…そうじゃないと後でヘイちゃんに怒られちゃうもん」
そう言って京子は隣の明智を見たが、目を瞑って腕組みしたまま動かない。五人のテーブルに暫く静寂な空気が流れて、それに耐えかねた茶髪の小林が言った。
「あの~、これは一体何の集まりなんですか?」
「あっ、そうだよね。小林くんには急遽頼んだから言ってなかったね。これはそのぉ、バイトの面接なの」
京子の言葉に尋ねた茶髪の小林よりも、残り二人の小林のほうが驚いている。
「えっ!一条さん、そうやったの?てっきり僕は…お茶のお誘いやと思った。現に一条さんのお友達も来てたし…」
大柄な小林以外の全員は、京子がお茶に誘ったとは思っていない。一方、色白な小林はひとり頷きながら京子に向かって言った。
「では、この人が面接官なのですね?」
明智は尚も目を閉じ動かない。
代わりに京子が返答した。
「そう。正確には雇い主。みんなには悪い事したわね。なんか騙したかたちになってしまって。ゴメンなさい」
立ち上がって頭を下げる京子に、三人の小林は同じように立ち上がり、各々京子を気遣った。全員が席に着くと明智は目を開き、再び京子の頭を撫でた。
「若者たち!ミヤコに面接の事を伏せるように言ったのはオレだ。だから彼女を許してやってくれ!おかげでよく分かった。これで終了だ。チャコバとデカコバ、キミらは帰っていい!ご苦労さん」
そう指さされた茶髪と大柄な小林はしっくりこない顔で席を立った。
二人を見送った京子は残った小林の隣に腰掛けた。
「まさか、僕が…」
その時はじめて小林は自分の置かれている立場を理解した。そこで明智が口を開いた。
「キミはミヤコに何て聞いてここに来た?」
「少しだけ話を聞いて欲しいと、誘っていただきました」
「ほう!やっぱりな。前からミヤコを知っていたのか?」
「はい。一条先輩はキャンパスでも有名な方ですから僕は存じ上げていたのですが、声
を掛けていただいたのは今日が初めてです。だから嬉しくてつい…」
色白な小林は少し顔を赤らめた。
「それでヘイちゃん、小林くんをどうする気なの?」
一番気になっていたのはもちろん小林である。小林は今のところ自分の意思を二人に伝えていない。
「今日からオレの助手になってもらう」
「え~!」
立ち上がって、体格に似合わず大声で叫んだ小林は周りの視線を感じ慌てて座った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。いきなりそんな事を言われても困ります」
「そうだよ、ヘイちゃん。うちの大学の学生を紹介するのには協力したけど、最初にも言ったでしょ?いつもみたいに強引な事はやめてって!まだヘイちゃんがどんな人かも小林くんは知らないのに…」
怒った京子は立ち上がり、小林の腕を掴んだ。彼女の勢いに驚いた小林は逆に京子を宥め席に着いた。
「悪かった、ミヤコ。機嫌直せ」
「謝るのは京子に、じゃないでしょ?」
困り顔の小林に明智は胸ポケットから名刺を出して彼に渡した。「コスプレショップハイミー副店長明智業平」名刺を読んで眉をひそめた小林は聞いた。
「あのぉ、こちらの店で僕に何をしろと?」
「店?」
小林は明智に名刺を戻した。返された名刺を見て明智は怪訝な顔をして、もう一度ポケットから名刺入れを出し、中に入っている全ての名刺を確認した。
「ミヤコ!何だ、この名刺は?誰がこんなのを頼んだ!」
「だってヘイちゃんが名刺作っておけって言ったじゃん!」
「だからってハイミーのを作るヤツがあるか!誰が副店長だ!」
「でも、嘘じゃないでしょ?副店長」
「バカヤロウ!あそこで名刺なんかいるわけないだろう!」
完全に機嫌を直したというより、上機嫌な京子に顔は綻んでいるが、もうひとつ要領を掴めない小林は腕組みをして考えている。
「今の名刺の事は忘れろ!とにかく百聞は一見にしかずだ!」
とりあえず何とかその場を切り抜けようと懸命に取り繕う明智。今度は京子に言った。
「悪いけど車を回してくれないか?」
「車って、何の?」
「オマエんとこのだ!」
「な、何で京子のとこの車なの?タクシーじゃないんだからね!」
「いいのか?ミヤコ。コイツだけ他のヤツと違って贔屓してここへ連れてきたんじゃないのか?どうせ、オマエはアレを期待しているんだろ?コイツに」
「なっ、何よ、アレって…」
焦る京子。当然自分の事を言われているのが分かっている小林は、ふたりの遠回しな言葉に、不安以上に期待があった。
「オマエの考えている事はお見通しだ!車の事は経費で落としてくれればいい!」
「そんな事ばっかり言って一度も払ってくれたことないじゃん!」
言葉とは裏腹に京子は携帯電話を掛けた。小林は味方だと思っていた京子が、突然気が変わったことに不安を覚えつつ、にこやかに微笑む彼女に聞いた。
「一条先輩。僕はこれからどこへ連れて行かれるのでしょうか?」
「心配しないで!小林くん。こう見えてもヘイちゃんは頼り甲斐があるから大丈夫だよ」
「大丈夫って言われても…」
すっかり気落ちした小林に明智が言った。
「キミ、いま困っているだろう?」
「えっ?どういう事ですか?」
「決して裕福ではないキミが、関東からわざわざ京都の大学を受けたのは理由があるんだろ?ここでしか研究できない学部。学費と家賃を払うためにバイトをしていたが、そこもつい最近辞めざるを得なくなった。さらに滞っていた家賃返済の催促で家主から退去命令が出た。そこに現れたのがキャンパスでは有名なお嬢様のお誘い。これは天がキミに味方したということだ」
明智が話している間、小林は不思議でしかたなかった。誘われた京子はもちろん、自分の事は友人にもそんなに詳しく言っていなかったからだ。
「何故僕をそんなに知っているのですか?」
その問いに明智はニタっとして返した。
「知っているんじゃない。観察したからだ」
「観察…ですか?」
「そうだ!キミの出身地。隠そうとしているが房総訛りがたまに出る。それにその服」
そう言って明智は小林が着るTシャツを指した。それには何やら絵が描かれている。動物のようなキャラクターが描かれ、その下にアルファベットで「KUMAMUSHI」と印刷されている。
「クマムシは緩歩動物で極めて小さな生物だ。どんな環境にも耐え、地球最強とも言われるヤツだ。日本では名古屋とここが研究のメッカだ。そんなTシャツ、関係者ぐらいしか持ってないだろう」
そこで京子が言った。
「へぇ、やっぱり小林くんはスゴイんだ!」
今度は明智が机に置かれた小林のクリアケースを指して言った。
「おそらくそれは百円ショップで購入したものだろう。せめて色つきにでもしておかないと中身が丸見えだ」
明智の指摘に小林はサっとクリアケースを自分の足元に移動させた。
「まず、給料袋からキミの働いていた所が分かる。しかしそこは先日潰れた店だ。それと不動産会社から届いた催促状。ちなみに住んでいるのは叡山電車沿線だろ?」
「そんな事まで?」
目を丸くした小林は言葉数が少ない。
「朝帰りしそうにないキミが早朝、出町柳のファストフード店に入ったってことは、その近辺で暮らせるほど金がない事から、叡山電車に乗って山奥にあるアパートにでも住んでいるのだろう」
小林の無言の俯きが、明智は元より目からウロコの京子にとって十分な回答であった。
程なくして京子が呼んだ車が校門前に到着して、明智と小林は車に乗り込んだ。ふたりが乗った黒塗りの高級車はK大を出て鴨川沿いを南下し、小さな橋を渡ったところで静かに停車した。
「山さん、いつもすまないな!これで奥さんと娘と一緒に美味しいもんでも食ってくれ」
「明智様。お世話になっているのはわたくしの方です。いつもありがとうございます」
そう言って頭を下げる運転手の肩を数回叩いて心添えをした明智は小林と車を降りた。
目の前には三階建てのビルがあり一階の看板には「コスプレショップハイミー」と書かれている。それを眺めながら小林が呟いた。
「これは…さっき名刺に書かれていた所…」
それに反して明智は二階を指さした。そこには三枚の大きなガラス窓に「六歴探」 とシールが張られてある。 それを見ながら小林は目を細めてゆっくり声に出した。なぜなら、「六歴探」の三文字の下にそれぞれ小さく何かが書かれてあったからだ。
「六条歴史探偵事務所?って言うことは、あなたは探偵ですか?」
「ああ、そうだ!書いてある通り只の探偵事務所じゃない!」
「歴史専門ですね?」
「そうだ。今日からここで働いてもらう」
「そ、そんな突然言われても…話を聞きに来ただけなのに」
「そうか!アレを見てみろ!」
そう言って明智が指したのは三階であった。
「三階はアパートになっていて、今日からあそこに住めばいい。どうせ住むところがないんだろ?ちょうどいいじゃないか?」
「そうですけど、探偵助手だなんて…僕には向いてないですよ。まして、歴史は苦手ですし…」
困り顔の小林に明智は肩を叩いて言った。
「小林くん。後ろを向いてみなさい」
小林がゆっくり振り返ると、そこは喫茶店で看板には「喫茶ベイルート」と書かれてある。明智は小林の背中を押しながら言った。
「まぁ、慌てなくていい。ゆっくりコーヒーでも飲んで考えればいい」
扉を開けると、懐かしい鈴の音がして中は一昔前の雰囲気で、カウンターの中に年配の男性がいた。すると奥からウェイトレスと思われる女性がやってきた。
「いらっしゃいま…あっ、業平様。おかえりなさい」
「ただいまミルク。相変わらず張ってるな」
明智は女性の胸辺りを指して言った。
「もう、イヤだ!業平様。ところで、そのかたはどなたですか?」
女性は明智の後ろに隠れるようにいる小林を覗きこんだ。
「新しい助手の小林くんだ」
「はじめまして、石田桃香です。ご覧の通りこちらで働いています」
「あ、あのぉ、小林です」
小林は照れながら目のやり場に困った。と言うのも、店内は極めて昔ながらのつくりではあるが、目の前の桃香の制服はメイド喫茶で着られているような服で、それと先程明智が指差した胸元が男性にとっては、とても魅力的なものだったからだ。
そんな小林を横目で眺めながら明智は言った。
「小林くん、腹減ってないか?」
「そうですね。昼食はまだでしたから」
窓側の席に座ると明智は桃香にカレーとコーヒーを二つずつ注文した。
「あそこに突っ立っているじいさんいるだろ?」
「はい。ここのマスターですか?」
「そうだ。ここはじいさん特製のカレーとコーヒーが旨い。まぁ、もっともその二つしかできないんだがな」
「他にメニューはないのですか?」
「ある。他はミルクが作っている」
「あのぉ、どうしてミルクさんなのですか?確か、石田さんって言っていましたよね?」
遠慮気味に聞く小林の問いに明智はニタっと微笑んで桃香を呼んだ。
「はい、業平様。なんでしょうか?」
「どうも小林くんがキミを気にいったようで、話がしたいらしい」
「なんでしょうか?」
桃香は短いスカートの裾を摘まんで、まるでメイドのように尋ねた。
「ちょ、ちょっとそんな事いってないじゃないですか!」
焦った小林は俯いた。ちょうどカウンターから呼び鈴が鳴って、桃香はそちらに向かった。小林はホッと胸をなで下ろした。程なく桃香によってカレーとコーヒーが運ばれてきた。明智がテーブルに皿を置く桃香の胸元を指して小林に言った。
「小林くん。コーヒーにミルクは入れるか?」
「い、入れますけど…えっ?…」
小林は横目で桃香の胸元を見て戸惑っている。自身の胸元にふたりの視線が集中しているのを感じた桃香は、盆で胸元を隠し言った。
「業平様。小林さんがお困りじゃないですか?からかわないであげて下さい」
そう言って桃香はスカートを翻して去った。
「まさか…そういう意味だとは…」
小さな声で呟いて頭を掻く小林にカレーを頬張りながら明智は言った。
「ヘンな想像はそこまでにして、とにかく食え!」
「そ、そんな!僕は…」