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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
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君に逢えた③

「ヘイちゃん。あれは本当に源氏が詠んだ歌なの?」

「いいや。オレがつくった歌で台本通りだ」

「えっ!先生は和歌もされるんですか?」

「まぁな」

 少し照れ隠しの明智に京子が聞いた。

「どういう意味なの?」

「あれは夕顔にしか分からない歌だ。さっきは知らないふりをした源氏だが、花が縁で知り合った自分たちの関係を歌に入れて、夕顔をいつまでも忘れない。でも、時が流れていくように心も変わっていくという意味だ」

「なんか、切ないね」

「先輩は夕顔をよく思ってないのでしょ?」

「そうだけど、それとは別。いつの時代も女は待つばかりでツラいよ」

「今はそんな事ないですよ。『ツラい』じゃなくて『女は強い』じゃないんですか?」

「あれ?小林くん、言うね!女運があんまりよろしくないのかな?」

京子に指摘され固まる小林に明智は次の指示を出した。

「皆、クライマックスの準備にかかれ!」

 明智はそう宣言して、後方の雅楽隊、語りのふたりに合図をして、無線でスタッフに呼びかけた。源氏と中将は部屋の中に入り、ゆっくり御簾が下がった。それを合図に全ての照明が消え、低い音と共に雷雨が鳴り響いた。驚きたじろぐ葵と夕顔は動けずにいる。

 それは恐怖からそうなっているのと、十二単があまりにも重いからだ。より激しく雷雨は鳴り響き、どこからともなく不気味な音と声が聞こえてきた。

「ウ~ウ~ウ~。ワ~ワ~ワ~。@*;¥|=+:;おのれ~・・・」

 低い唸り声と聞き取れない言葉。これは、母親がフィンランド人であるアンジーが話す、その地方の言葉。

 そう「物の怪」役の登場である。続けて沙織が語りを始める。ふたりの声はいずれもボイスチェンジャーで変えられてあり、禍禍しさを演出している。

 雷と得体の知れない声で恐怖に慄いた葵と夕顔は部屋の奥に逃げ、体を震わせた。

「うぬらは、まだそこにいるのか!いつまでも何をしておる!」

 仲が悪かったふたりはいつしか、お互い、身を寄せて部屋の隅で怯えている。質問に答えられないふたりに再度、物の怪は問うた。

「何をしておると聞いておるのじゃ!葵」

「は、はい。ゆ、夕顔殿と語らっておりました」

「嘘をつくでない!一度ならず二度までも、うぬはワシに殺められたいのか!」

「お許しくだされ。われはただ夕顔殿に確かめたかっただけでございます」

「ほう!では、夕顔。うぬはなにゆえここにおるのじゃ!」

「わたくしは葵様にまことを伝えたかったのでございます」

「それはうぬの命と引き換えに、という事であるか?」

 声には出さないが夕顔は首を下げた。

「そうであるか。では再びワシがうぬの命を頂戴する。もちろん、葵もだ!」

 雷雨から暴風雨に代わり、周りの音はそれ以外一切聞こえない。悲鳴を上げたふたりがもたれる襖が開き、隣の部屋に転がった。そこは真っ暗で広い部屋である。

 ベニヤ板で四方を組まれた部屋はセットである。外にスタッフがいて所々、板を弛ませ時には叩く。暗闇の中でより不気味に聞こえる音を緩急つけて行う。ふたりは肩を寄せ合い震えているが、物の怪の存在が感じられないので一先ず安心しているようだ。

「まだ油断はならぬ。そなたが、物の怪ではなかったということか?」

 葵が夕顔に聞くと、全く同じ事を夕顔も尋ね、お互い確認した。赤外線カメラでモニターしている明智たちは仕事を忘れて見入った。

「物の怪は確か、六条御息所でしたね?」

「そうだよ。葵と夕顔はそうではなくて、お互い目の前の相手が物の怪で、それに殺されたと思っていたようね。なんかこっちまでややこしくて混乱しちゃう。これも想定内なの?ヘイちゃん」

「いいや。彼女たちにセリフはないって言っただろう」

「そうだね。どうなるのかな?」

「まぁ、見ていろ!」

 落ち着いたふたりは正面に向き合って俯いている。

「葵様。このまま、どうなるのでしょうか?物の怪が再び現れてわたくしたちは命を奪われるのでしょうか?葵様はお逃げください。ここはわたくしが食い止めます」

「なにを申しておるのじゃ。ここは我が屋敷である。そなたが逃げるのじゃ」

「いいえ!わたくしは罪で穢れております。物の怪に殺められても仕方ありません。なれども、葵様がそのようになる所以はないと存じます。ここはわたくしが…」

「ガタガタ、ドン、ガタガタ、ドン」

 タイミングよく不気味な音を出すスタッフ。肩を竦めたふたり。葵が夕顔に近づいた。

「そなたはそう申すが、われに罪がないとは申せん。長年、源氏様にはつれなき態度で接してきた故、罰が当たったのじゃ。源氏様はあのような、めづらしお方。おなごの一人や二人居ても不思議ではあるまい」

「源氏様と中将様はご無事でございましょうか?」

「案ずることはない。おふた方とも武勇に優れておられる。今頃は物の怪を蹴散らしているでしょう」

 そう言って葵は慎重に手探りで出口を探している。しかし、四方をベニヤ板で囲まれた部屋に出口はない。

 観念したのか、葵は再び夕顔の前に座った。向かい合わせに座るふたり。一方は大臣の娘で帝の息子を夫にもつ、気位の高い葵。かたや、下流の家庭に育ち、地味な生活をしている幸薄い夕顔。

「源氏物語」の中でふたりは本来、出会わない。ふたりは違う時期に同じ、物の怪に殺されている。しかし、それは明智が揃えたこの舞台だから、成立しているのである。まして小説の中の話である。当初明智以下全員が舞台劇のつもりで見ていたが、いつの間にか引き込まれてしまった。部屋の中にある僅かな明るさを頼りに、ふたりはお互いの顔を見つめている。

「葵様。最早ここはこの世ではないのでしょうか?」

「然もありなん。そなたとはこのようなかたちではなく、もっと違ったかたちでお会いしたかった」

「そ、そんな勿体ないお言葉を…わたくしのような賤しいものにそのようなことを…」

「これも何かの縁。同じお方をお慕い申し、同じように死んでいく。まこと、来世というものがあるならば、いい縁で出会いたいものですね」

 葵は当初の激しさは消え失せ、夕顔をまるで娘を見るような顔つきに変わっていた。涙で言葉が出ない夕顔は何度も許しを請うように葵に謝っている。

 葵は夕顔の肩をそっと抱いて頷いた。明智は腕時計を見て言った。

「そろそろだ!」

 感動の涙で皆が静かに見守る中、ふたりは倒れ込んだ。慌てる一同に明智は鎮まるように言って、モニターを見た。

「まさか!本当に死んじゃったの?」

 涙声の京子の言葉に答えない明智。小林は台本を懐中電灯で照らして確認している。暫くして緊張の中、真っ暗な部屋からふたりの寝息が聞こえてきた。明智が控えめに言った「カット」の声に、ある者は拍手、またある者はガッツポーズをして喜んだ。

 その後、長良香と村上千種は静かに寝かされていた。セットは速やかに撤収され、舞台は幕を閉じた。すでに夜は明けていた。その後、目覚めたふたりは着替えを済ませ、住職によって点てられた茶を啜った。

「なんか、夢みたいだね?」

 長良香が言った。

「うん。頭の中が混乱している」

村上千種がそう言った時、ちょうど住職がやってきた。

「よく眠れましたか?」

「おかげさまで…」

ふたりとも夢うつつのようだが言葉はしっかりしている。

「あのぉ。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「はい。どうぞ」

「生まれ変わりというのは本当にあるのでしょうか?」

 長良香が村上千種を見ながら住職に聞いた。

「私どもの教えでは輪廻転生といって、生きとし生けるもの全て、生まれ変わるといわれています」

「前世で縁のあった人とまた出会うというのは本当ですか?」

「それを仏教では宿縁といいます。今こうして話している我々も、いつぞやの時代に会っていたかもしれませんな」

 そう言って高笑いする住職に、ふたりは顔を見合わせ頷き、つられて微笑んだ。廊下でその様子を見ていた京子と小林は親指を立て喜び合った。

 明智は庭先でタバコを吸っている。長良香と村上千種をホテルに送り届けた後、明智と京子、小林は疲れても達成感を味わいながらベイルートに戻って来た。

「じいさん。濃い~の頼むわ」

 明智はいつもの入口に一番近い席に腰掛け、早速タバコに火を付けた。

「みんな、お疲れ様でした」

 そう言って桃香は熱いおしぼりを三人に渡した。京子はダージリンティーを注文して、小林は桃香を手伝った。

「これから彼女たちどうするのかな?」

 京子が言った。

「そうですね。仲良くなったらいいですけど…。でも、先生。上手くいきましたね?正直あそこまで成功するとは思いませんでした」

「昔からよく言うだろう。『嘘は大きいほど、人々は信じる』って」

 明智の言葉に納得する京子と小林。そこにコーヒーを運んできた桃香が言った。

「そんなに凄かったのですか?」

「はい。桃香さんにも見せたかったですよ。もう、映画みたいでしたね。カメラも回っていましたし。一番驚いたのは主役のふたりにセリフがないことですよ。全部彼女たちのアドリブですよ」

 興奮して語る小林はカウンターに入り、自分が飲むオレンジジュースを注いだ。

 昼にはまだ早いが、昨日からほとんど何も食べていなかった三人は、それを埋めるように桃香手製のおにぎりを胃袋に詰め込んだ。眠気はあるものの、夢のような世界を体験したのは依頼者の二人だけではなかった。

 そこに関わったもの全てが、幾世代を超えた人間の営みを実感した。明智、京子、小林の三人は満腹感を味わってイスにもたれかかった。そこに鈴の音が心地よく響き、桃香の優しい声が店内を包んだ。

 現れたのは長良香と村上千種であった。京子と小林はふたりに席を譲って隣に移動した。

「この度は本当にありがとうございました。明智先生にはとても感謝しています」

 長良香がそう言って、ふたりは頭を下げた。京子と小林は顔を見合わせて微笑み、明智は灰皿にタバコを潰して言った。

「無事に逢えましたか?」

「はい。それよりも私達が、ちゃんと向き合えるようになれたのがとても良かったです」

 今度は村上千種が言った。ふたりが初めて事務所を訪れた時のような微妙な距離感や、ヘンな空気は微塵も感じられず、言い争うどころか、お互いを気遣っているのが解った。

「明智先生にはお話していなかったのですが、実は私たち…母親違いの姉妹なのです」

「え~~~!」

 誰よりも隣の京子と小林は驚きを隠せなかった。明智は特に変わる事なくただ頷いた。

 村上千種は長良香に頷き話し出した。

「私たちの父は俳優で、香の母である女優の妻がありながら、私の母と関係を持った。そして皮肉にも同時期に母親たちは妊娠した。さらに不幸だったのは、四月生まれの香と三月生まれの私が同じ学校に通っていて同級生だったことでした。もちろん、その時はお互い何も知らないで、いつの間にか私たちは友達になっていたのです。高校を出て、以前から芝居に興味があった私は女優を目指して、今の劇団に入ったのです。香は作家を目指

していました。彼女が大学を卒業後、脚本を書かないかと、軽い気持ちで劇団に誘いました。しかし、芸能界に進むということは当然、一般では知り得ない事も耳に入る。ある時、私たちは自分たちの境遇を知ったのです。それからは今まで通りにはいかず、全ての歯車が狂っていきました。香は正妻の子、私は妾の子。皮肉にもそれぞれ親から聞かせられていた源氏物語と同じように思えて、ふたりともそれほど真剣ではなかったのに、それから源氏物語にのめり込むようになったのです」

 水を飲み干した村上千種に代わって長良香が語り出した。

「私たちは自然と似た境遇の葵、夕顔それぞれに自分を重ね合わせていったのです。そして、私に兄がいるのですが、その兄と千種が付き合っていたのを後で知らされたのです。兄は母の連れ子だったので、千種と血の繋がりはありません。まもなく私は結婚をするのですが、源氏物語に当てはめると私はこの先が心配でたまりませんでした。兄のことも千種から直接聞いたこともありませんし、この子がどういうつもりで兄と付き合っていたの

かも知りません」

 一息入れた長良香に一同は微妙な空気が漂っているのを感じた。それは遠慮気味に村上

千種を見る京子と小林の目が物語っている。

 それを察知したのか、村上千種は首を数回横に振って否定し、長良香に向かって言った。

「ゴメン!香。最初、あなたのお兄さんには興味本位で近づいた。でも、本当に愛していた。私たちの関係を知って、あなたが悩んでいたのも知っていた。その頃からあなたはより葵と自分を重ねたように、私もより夕顔の気持ちになって初めて解った。最初は源氏物語のようになればいいと思った。だから、あなたが最後まで結婚の事を私に告げなかったのも解る。でも、心配しないで!私はあなたが悲しむようなことは絶対しない。香は大切な親友でお姉ちゃんだから」

 村上千種は一瞬、長良香を見て俯いた。

「千種。謝らないといけないのは私のほう。あなたを信じられなかった。それは私が弱いから…。自分のことばかりだった。あなたはキツく言う人だけど、私にちゃんと向き合ってくれた。でも、私は逃げているばかりだった。これから、ちゃんと向き合う。私も千種に精一杯飛びこむ。ありがとう。千種」

 ベイルート店内は長良香と村上千種だけの空間と化していた。いつの間にか明智はカウンターに移り煙を漂わせている。それ以外の者は気配を消して、ふたりの姉妹を気遣った。誰もが邪魔をしたくなかった。

「カランコロン」

 鈴の音と共に生温かい風が店内に流れ込み、入って来たのは髪の長い美しい女性だった。

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