寝覚め
あの後ひとしきり泣いてクロの家に帰った。
いい年した大人が子供の前でビービー泣いてしまった。
……これ以上思い出すのはやめておこう、羞恥で死にそうだ。
買ったものはすぐに半分を棚や引き出しに閉まった。
俺のものはどうしようか悩み、とりあえず邪魔にならない部屋の隅に置いた。
「あぁ、ここより狭いですけどそこの部屋使ってください。使ってない部屋なので多少埃っぽいと思いますが」
「わかった」
クロに言われた部屋のドアを開けると確かにクロの部屋よりは狭いが人ひとりが生活するには十分のスペースがあった。
丁度俺が生活していたワンルームアパートくらいの部屋だ。
「この部屋にあるものなら好きに使ってください。あ、でもベッドがないですね……」
「構わねぇよ床で寝る」
そうと決まればさっさと掃除をしよう。
こう見えても存外綺麗好きなのだ。
壁の埃を掃いて、木製の床を雑巾で水拭きをする。
大体一時間で部屋の掃除が済み、俺の寝床が出来上がった。
換気用に開けていた窓から吹き込む風が軽く汗ばんだ体には心地よい。
クロの方を見ると本を読みながらお茶を飲んでいた。
多分さっき買ったものだろう。
「……寝るか」
昼食はここに帰ってくる途中で食べたし、部屋の掃除も終わったしなにより外を出歩いて疲れた。
床に敷いた布団に寝転がるとすぐに眠気がやってきた。
その眠気に抗うことなく俺は意識を手放した。
〇
「よぉ、起きな」
「あぁ……? なんの用だ……?」
目を覚ますと異様な空間にいた。
そこら中真っ暗なのに自分の姿は見える。
そして床、というより地面は見えず浮いている感覚があった。
温度も匂いも感じない、不思議というより異様だ。
最初はクロに呼ばれたのかと思ったが、目の前にいるのは全くの別人だった。
上半身裸で赤黒い肌に白い髪、見下すような緑色の目をしている男が居た。
上半身には白い刺青の様なものが入っていて、何かの模様にも見える。
「誰だお前、ここはどこだよ」
「まぁまぁ、落ち着けよ死に損ない」
「あ?」
「お? 怒ったか? ハハ」
男は揶揄う様に笑い俺の頭を撫でる。
その態度が気に入らず手を弾くと余計に笑う。
なんなんだ、こいつは。
「んだよてめぇは……」
「んー、そうだな……。とりあえず神って名乗っとくか。別に徳が高い訳でもご利益がある訳でもねぇがな」
「ふざけてんのか」
「ふざけてねぇよ、ほら」
「ぐっ!?」
男が俺を小突くとトラックに引かれた様な衝撃の後、俺の体が吹き飛んだ。
何度も地面を転がり、何かにぶつかり漸く止まった。
痛みはないが、衝撃のせいでまともに立ち上げれそうにない。
「くっそ……いきなり何しやがる、げほっ!」
「いやー、お前が俺をあまりにも疑うもんだから力でも見せれば早いかなーって。いや、願いの一つでも叶えてやればよかったか?」
「この、クソ野郎」
髪を掴まれ蹲っている状態から無理やり仰向けにされる。
男はしゃがみ、子供に説教をするように頭を叩く。
「さて、なんで俺がお前にこんな仕打ちをしているか……わかるか?」
「わかるか!」
「はぁ、やれやれ、自覚が無いのかね。お前が、命を捨てようとしたからだよ」
その言葉と同時に全身が潰れるような重力が俺を襲った。
地面に磔にされ、それでも男の顔を見返すと顔こそ笑っているがその目は俺を人として見ていなかった。
その目に少しだけ寒気がした。
「はは、いいねその表情。いいか小僧、命ってのは重いものなんだ。てめぇの命一つ取ってもそれはてめぇだけの命じゃないんだ。お前は一時期の感情に任せて道徳を踏みにじった。それは大罪だ」
男が近づく度に体にかかる重力が増す。
少しずつ意識が薄れてきた。
「俺の名はイール。本当はこのままお前を殺してやろうかと思ったがそれじゃあ罰にはならねぇと判断した。故に、お前には不死を与える」
「な、んだと」
「死にたがりのお前には丁度いい罰だ。じゃあな、精々模索しろよ小僧」
その言葉を最後に俺の意識は沈んだ。
〇
「はぁ、はぁ、はぁ!」
沈んでいた意識が戻った。
飛び起きて辺りを見ると寝ていた部屋に戻っていた。
それに安堵すると体から力が抜けて倒れ込む。
「どうかしましたか?」
俺の様子が変なことに気づいたクロが様子を見に来た。
不自然に汗だくな俺を見て顔を曇らせる。どうやら酷い顔をしているらしい。
正直かなり安心した。絶対口にはしないが、絶対口にはしないが!
「なにか嫌な夢でも見ましたか……」
「夢……」
さっきまでのことを思い出す。
自称神、イールとか言ったか、に吹っ飛ばされて物理的に潰されかけて……。
そういえば不死がどうとか言っていた気がする。
……試すしか、ないだろうな。
「なぁ、試したいことがあるんだ」
「急にどうしたんですか? いつものですか?」
「違う、どうしても必要なことなんだ」
「……はぁ、仕方ないですね。外に行きましょう」
〇
街から少し離れた森に来た。
見た事のある景色だと思ったら俺がクマに食われかけた所だった。
あの時と同じように木々がない所に立ちクロに向かい合う。
「それで? 何をするんですか?」
「ナイフを貸してくれ」
「嫌です、また自殺用でしょ?」
「違う違う、ちょっと試したいことがあるだけだ。頼む!」
「……危ないと思ったら止めますからね」
「あぁ、わかった」
クロからナイフ借りる。
二、三回軽く素振りをした後、落ちていたの枝を切ってみると綺麗にすっぱりと切れた。
切れ味は申し分ない様だ。
次は、ナイフを人差し指に当て少し切ってみる。
若干の痛みのあとで傷口から血がにじみ出てくるが、それも数秒もしないうちに傷口が消えた。
だが、これではまだ不死かどうかは分からない。
最後だ。
ナイフの切っ先を脇腹に当てる。
このままナイフを押し込めば間違いなく致命傷だ。
すぐ死ぬわけじゃないだろうが、魔法での治癒が間に合わず失血死する可能性だって充分あるはずだ。
ナイフを持つ手に力が入る。
「ダメですよ、タケルさん」
「クロ……」
「言いましたよね? 危ないと思ったら止めるって」
いつの間にか俺の手をクロが握っていた。
「さぁ、ナイフを返してください」
「なぁ」
「……はい」
「もし俺が死んだら、どうする?」
「知り合いが死んだら、悲しいに決まってるじゃないですか……」
「俺とお前はそんなに深い関係か?」
「それでも、私は貴方が死んだら悲しいです」
あぁ、狡い質問をしてしまった。
クロは良い奴だ、きっとどんな質問をしても俺が嬉しいと思う回答をしてくれるだろう。
俺もそれをわかっていてこの質問をした。
クロは俺からナイフを取ろうと力を込める。
それに従うように俺はナイフを持つ力を一瞬緩めた。
クロもそれを感じたのかその瞬間は表情が和らいだ。
「ぐっぁ……!!」
「ぇ……」
俺はナイフを脇腹に刺した。
クロの力が一瞬緩んだ隙にナイフを押し込んだ。
腹から激痛が全身に走り、その場に倒れる。
ナイフを抜くとドバドバと血が溢れ出して来る。
体中から脂汗が流れ、身を攀じる。
「タケルさん! しっかりしてください、タケルさん!」
クロが慌てて回復魔法を使っているのが分かる。
だが、治癒が追いついておらず俺の血が止まる様子はない。
焼けるような傷口の痛みとは反対に体はどんどん冷たくなっていくのが分かる。
流石に、少し焦るな……。
「え、あれ?」
「う、あぁ?」
突然だった。
先程までの激痛が嘘のように消えていった。
クロも何が起きたのか、わかっていないようだ。
恐る恐る傷があった場所を触ってくる。
「……なんともないんですか?」
「あぁ、傷が開くこともなさそうだ」
傷があった場所を触っても痛みはない。
どうやらあの神が言っていたことは本当らしい。
やってくれたな、あのクソ野郎
「クソッたれが……!」
「寝ている間に一体何があったんですか?」
「……イールとかいう変な神に会って、罰だなんだと言われ不死を貰った」
「イール……」
「知ってるか?」
「いえ、残念ながら知りません。生憎、神話にはあまり詳しくないんですよ私」
「……なんでも知ってそうなのに、意外だな」
「なんでもは知りません、知ってることだけです」
「そうか」
――精々、模索しろよ小僧。
こういうことかよ……。
どうやら、俺はまだまだ生き続けなければいけないらしい。




