守護者
「タケルさん!」
「わかってるよ!」
巨大なクマの様な魔物に魔力を込めた拳を思い切り打ち込む。
体内に響く確かな手応えと共にクマは吹き飛び、それ以降起き上がることは無かった。
とりあえず、さっきのクマが最後のようでガドルと王様からの依頼は達成した。
「ふぅ、話の通りどいつもこいつも凶暴だな」
「何度か危なかったですね……」
「あぁ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
ウルフとは比較にならないくらいどの魔物もデカいし、早いし、その上タフなやつばかりだった。
辺りをざっと見ても自然豊かな場所とは程遠く、枯れ木が目立つ。
自然の恵が期待できないこの環境で生き残るためには弱肉強食の中で生き残らなければならない。ここには生き残る事に必死な魔物ばかりで、それ故に危険地帯になっているのだろう。
さて、考察も程々に神殿に入ってみる。
依頼は達成したが、俺の目的は神殿の中だ。
ここならイールに関する手がかりがあるかも知れない。
「うへぇ……」
神殿に入るとクロが心底嫌そうな声を出した。
正直、俺も声には出ていないが相当嫌そうな顔をしていると思う。
神殿の中は薄暗く、当然の事ながら手入れがされていない。
一歩入れば大量の虫がカサカサ音を立てて霧散して、その光景を見るだけで引き返したくなる。
本当に祭りで使うのだろうか……。
宗教に疎い俺が言うのも変な話だが、神様を祀る催しならもう少し綺麗にした方がいいんじゃないか?
まぁ、こんな危険地帯に好き好んで神殿まで来る人間がいるとも思えない。仕方がないで済んでしまう話なのだ。
持ってきていたランプに火を入れて照らしながら奥に進む。
暫く真っ直ぐな廊下が続いて、更に進むと部屋が一つぽっかりとあるだけのシンプルな造りだった。
部屋の真ん中には巨大な像が立っていて、それ以外は何も無い。
「……なんもねぇな」
「少し探してみましょうか」
「そうだな」
探すと言っても部屋自体はそれほど広い訳じゃない。
あまり期待は持てそうにないな。
半分消化試合の気分で部屋を散策しても虫が蠢くだけで、心は既に帰りたがっている。
「うひゃあ!?」
部屋の反対側からクロの悲鳴が聞こえた。
何事かとランプで照らしながら振り返ると、クロの方でも虫が数匹彷徨いていた。
「す、すいません。びっくりしただけです……」
「虫、ダメなんだな……」
「うぅ、帰りたい」
気持ちは大いに分かる。
でも、手がかりを諦めきれないのでクロには悪いがもう少し付き合ってもらう。
と言っても、もう散策する場所なんてど真ん中にある像しかない訳で……。
「こういうのは像のどっかを弄れば仕掛けが動くようになってるよなぁ……」
お約束の展開を頭に浮かべつつ像を眺める。
珍しいのか、普通なのか分からないが像は女神像ではなく男神の像だった。
ただ、余程年月が経っているのか顔や腕は欠けている部分がある。
「うーん……?」
像のあちこち触って仕掛けを探してみるが、それらしいものは見つからなかった。
お約束すぎて流石に無かったらしい。
その代わり、人間でいう心臓の部分に鍵穴の様なものが見える。
なるほど、そう来たか。
「鍵かぁ……」
「何かありました?」
「鍵穴みたいなものはあったけど、肝心の鍵がねぇな」
「……まだ探します?」
クロの顔に帰りたいと書いてある。
これ以上は探しても手がかりも見つけられない気がしてきた。
また城の書庫に籠るしかないかぁ……。
「帰るか」
「そうしましょう……ん?」
「……」
徒労を嘆いて、ため息と共に帰ろうとすると小さな揺れを感じた。
この世界に来てからこの手の違和感に良い思い出は全くない。
明らかに不味い。
「……デカい虫が出てくるに一票」
「そうなったらタケルさんを見捨ててでも私は逃げますので」
「冗談だから、やめてくれ」
揺れは徐々に大きくなり、臨戦態勢をとる。
さて、何が出てくる……。
風化した天井の一部が一際大きな揺れと共に崩れ、遂に正体が明らかになる。
「Oooo……」
不思議な駆動音と共に出てきたのは、子供が作ったような不出来な人形だった。
ただ、俺の身長の倍のデカさで表面はわずかな光を反射してテカっている。
「これは、俗にいうゴーレムってやつか?」
「多分そうだと思います」
「Oooo……!」
不思議な駆動音を響かせながら丸太の様に太い腕が無造作に振り下ろされる。
「ちっ!」
「ッ……!」
もっさりをした動作だが、威力は相当なもので床に小さなクレーターが出来上がっていた。
喰らえば間違いなく致命傷だな。
最悪、俺は喰らっても再生するが痛いのは勘弁だ。
ゴーレムは変わらずゆっくりと動き、俺の方を向く。
どうやら、狙いは俺らしい。
「タケルさん!」
「問題ねぇ! 引き付けるからどうにかしてくれ!」
攻撃を避けることは難しくないが、部屋の広さ的に直ぐに壁際に追い詰められる。
クロが銃で背後から攻撃するが、金属同士がぶつかる甲高い音が虚しく響くだけでゴーレムは止まらない。
「Ooooo……!」
「っあぶね!?」
ゴーレムの裏拳をしゃがんで避けると重く風を切る音が聞こえて背中に嫌な汗が流れる。
もう少し反応が遅れていたら頭が吹き飛んでいたかもしれない。
ゴーレムの腕は勢いを殺しきれず、そのまま男神像に直撃した。
周りのことなどお構いなし、という訳だ。
……というより、ゴーレムにそこまで判断できるのだろうか。
「鮮血魔刃」
突如、ゴーレムの片足が切り飛ばされた。
どうやら、ゴーレムの関節のクロが切り飛ばした様だ。
片足が亡くなったゴーレムはバランスを崩し、その場に崩れ落ちた。
チャンス!
「胸元に埋まってる宝石みたいなものを壊してください!」
「了解!」
魔力を込めた拳を胸元目掛けて思い切り振りぬく。
すると、宝石もろともゴーレムの胸元が吹き飛び、そのまま停止した。
「ふぅ……」
「お疲れさまでした」
「おう。というかよくゴーレムの弱点がわかったな」
「最初に出てきた時に見えてましたからね」
ちょっとドヤ顔のクロの頭を撫でつつ、像に目を向ける。
ゴーレムによって完全に壊されてしまい、上半身は粉々になっていた。
当然、鍵穴があった胸元も壊れていてこれじゃあ探索は出来そうにない。
「こればかりは仕方ねぇか……」
「残念ですけど、これ以上は無理みたいですね」
残業までこなして成果なしとは、なかなか来るものがある。
思わずため息が出てしまう。
むしゃくしゃする感情に任せて、転がっていた破片を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした破片はまっすぐ像の土台部分に飛び、
ガコッ
という音を立てた。
像の奥にある壁が動き始め、隠されていた通路が出てきた。
「……行ってみるか」
「……そうですね」
お互いに何とも言えない微妙な気持ちになりながら、奥の通路に進んだ。




