表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の死にたがりと異世界少女  作者: 陽炎 紅炎
序章
2/43

見知らぬ街

 頭痛で目が覚めた。また、死ねなかったようだ。

 目を開けて最初に映ったのは見知らぬ天井だった。


 どこの携帯小説の世界だここは。


 背中に感じる感触も湿った感触は無く、ふかふかのベッドの上だった。

 寝転んだまま辺りを見ても木造の部屋と机があるだけの質素な部屋だった。

 洗剤の甘い匂いと適度な日差しで眠気がやってくる。

 ぼんやりとした意識のまま体を起こして近くにあった窓から外を見てみるとまだ日は高い。

 どうやら、気絶する前からあまり時間は経っていないようだ。


「目が覚めましたか?」

「ん?」


 声がした方を見ると一人の少女が居た。

 腰あたりまで伸びた黒髪に紫色の瞳をしていた。

 一六〇センチに満たない背丈に表情が乏しい顔。

 なんというか不思議な雰囲気を纏った少女だ。

 少女は水を貼った洗面器をベッド近くの台に置いて俺の顔色を伺うように屈む。



「気分はどうですか?」

「お前が助けたのか……?」


 少し掠れた声で尋ねると少女は枕元に落ちているタオルを拾いながら続けた。


「ええ、危なかったですね。あんなところでボアベアと遭遇するなんて、運がなかったとしか……。あ、手の怪我は大したこと無かったので安心してください」


 ボアベア……多分あのクマのことだろう。

 やはりこの少女が俺を助けた。


「あのクマはどうした……殺したのか?」

「はい、仕事でしたので。これ、使ってください」


 やるべき事をやった。

 水を絞ったタオルを俺に渡しながら少女はそう言った。

 冷たくなったタオルの様に俺の心は温度が下がっていく。


 あのクマは死んだ。


 俺は生きた。


 あのクマはこの少女に殺された。


 俺はこの少女に生かされた。


 ただ、それだけ。

 ただ、それだけの違いだ……。


「なんで俺なんか助けた……」

「……まるで死にたかった、と言ってるみたいですね」


 燻っていた怒りが爆発した。


「あぁそうさ、俺はあの時死ぬ気でいた。もう生きなくていいんだと、死んでもいいと言われた気がした! それをお前に邪魔されたんだ! なぁ、頼むよ。お前が俺を殺しぶっ!?」

「……っ!」

「あ……」


 感情任せに喚き散らしている途中で少女に顔を叩かれた。

 頬の痛みに昂っていた感情が一瞬静かになる。

 その時に見た少女の顔には怒りも哀れみも無く、ただ悲しさだけが表れていた。

 やってしまった、大の大人が子供相手に情けない……。

 音の無い空間が広がる。


「……悪い」

「……貴方の着ていた上着です」

「あぁ……」


 出ていけ、と言われた気がした。

 そりゃそうだ善意で助けた相手に暴言吐かれるとは思ってもみないだろう。

 少女から上着を貰い玄関に案内される。


「……悪かった。お前は正しいことをした、それだけは間違ってない」


 罪悪感に蝕まれ、少女の返事を待たずに飛び出す。

 鬱陶しい位に穏やかな日差しを浴びながら見知らぬ街を駆けていく。


 あの少女の悲しみに満ちた表情を脳裏から振り払う為に無我夢中で走る。

 心臓の鼓動は早くなり、呼吸は自然と荒くなる、口と喉が渇いて痛みさえ出てきた。

 気がつけばどこかの裏路地にいた。

 壁にもたれ掛かるように座り込み呼吸を落ち着かせる。


「何やってんだ俺……」


 自分勝手な持論を押し付け、あまつさえ命の恩人にすら仇でしか返さない。

 クズもここまで極まれば寧ろ清々しいもんだ。

 空を仰ぐと太陽は雲に隠れていた。


「ハハ、暗雲立ち込めるってか」


 確かに見知らぬ場所で金も無く食料も無い。

 傍から見れば暗雲が立ち込めるどころか最早詰んでる。

 まぁ、その位がお誂えだろう、どうせ三日後には冷たい死体になってるんだから関係ない。


「このスラムのゴミが!」

「ぐっ!」


 面倒ごとはいつもタイミングが悪い時にやってくる。

 裏路地で項垂れていると、大通りの方で声が聞こえた。

 一応、確認するとボロ布を着た少年が大人の男に殴られていた。

 少年は俺の目から見てもわかる程、明らかにやせ細っていた。充分に食事が出来ていないのだろう。

 対して少年を殴っている男は太り気味で酒瓶を片手に少年を踏んでいた。


「このゴミが! 酒盗んでこいって言ったろうが、誰のおかげメシ食えてると思ってんだ?あぁ!?」


 襟首を捕まれ何度も何度も酒瓶で殴られる少年。

 このまま何もしなければあの少年は確実に死ぬ。

 自分の夢を叶えられず、二度と家族と会うことなく、ただの理不尽で、道端に転がる動物の死骸みたく死ぬのだろう。

 男は少年を離すと酒瓶を捨て、ポケットからナイフを取り出した。


「へへ、スラムの住民には国の法律は関係ねぇ…ここでてめぇを殺しても俺はなんの罰則も受けねぇんだよォ!」

「ぐぅ……」

「なんだァ!その生意気な目は!」

「ぎぁ……く……くたばれ、クソ野郎…」

「ハハハハ!! くたばるのてめぇの方だこのゴミが!」

「ふざけるな豚野郎」

「あ?」


 ──そんなのはダメだ。


 この少年は何も悪くない。

 汚い大人のせいで、罪のない子供が命を落とすなんて許される筈が無い。

 死ぬのは俺みたいなやつでいい。


「んだてめぇは! 部外者はすっこんでろ!」

「ただの理不尽でガキが殺されるのを黙って見てろって? そんなの、黙って見てられるわけねぇだろ!」


 少年の容態を確認するとかなりひどい状態だった。

 歯が何本か折れていて顔中痣だらけだ。

 少年に上着を掛けて男と向き合う。


「ハッ! てめぇもスラムの住民か? てめぇらゴミ共が俺に逆らうとどうなるか教えてやるよォ!」

「てめぇのことも、この世界のことも知ったこっちゃねぇ。ただ、俺の前で必死こいて生きてる奴が、てめぇみてぇなクソ野郎に踏みにじられるのが我慢ならないだけだ!」

「無能のゴミは大人しく俺の言うことを聞いてりゃいいのさ! それくらいでしかてめぇらゴミ共は役に立たねぇんだからなぁ!」


 男はナイフ片手に走ってくる。

 普通なら足が竦んだり逃げ出すようなところだが、俺は酷く冷静だった。

 人間、失うものが何もなければ潔くなれるもんだな。

 男が突き出してきたナイフを左手で受け止める。

 刃が俺の手を貫通し激痛が走る。だが、そのまま左手で男の手を掴む。


「なっ!?」

「これはガキの分だ」


 右手で男の顔面を思い切り殴る。

 男は吹き飛びナイフは俺の手を貫通したままになった。

 まだだ、この程度じゃ俺は死ねない。

 男は鼻を押さえながら血走った目で俺を見る。

 どうやら鼻が折れたらしい。


「てめぇ……! てめぇら二人共、ぶっ殺してやる! 俺に歯向かってタダで済むと思ってんじゃねえぞぉ!」

「いいえ、そこまでですよ」

「ぎぁ!?」


 一発の銃弾が男の膝を撃ち抜いた。

 銃声がした方を見ると、少女が銃を男に向けて構えていた。

 俺を助けてくれたあの少女だ。


「お前……」

「私が助けたのはそこの子供です。貴方を助けたわけじゃありません」

「そうか……」


 少女がもう一発男に撃ち込むと男は倒れた。


「二発目は睡眠弾です」

「そうか、ガキの方を見てやってくれ」


 少女は銃をしまうと流れるように少年の容態の確認に向かった。

 俺はその場に座り込む。

 ただ、ナイフが刺さった左手はずっと激痛が続いている。

 暫くすると少女が俺の方に来た。


「……ガキの方はもういいのか?」

「はい、回復魔法で治しました。すぐにでも動けますよ」

「魔法? まぁ、助かったならいい」

「……貴方のそれは、治してもいいんですか?」

「あぁ、頼む」


 左手を少女に向けるとなんの躊躇いもなくナイフを引き抜いた。


「ぐっっ!?」


 勢いよく抜くもんだから激痛で鈍い声が出た。

 本当は「ぎゃあああ!」とか出そうだったがなんとか堪えた。

 少々手荒な気もするが、さっき俺が少女にしたことに比べれば随分と優しい。

 自分の情けなさにいい加減涙が出てきそうだ。

 少女が聞きなれない言葉を発すると左手の出血が止まった。


「暫く安静にしてれば特に問題なく治ります」

「わかった……」

「……今度は怒らないんですね」

「あの時は悪かった……あれは色々混乱してたんだよ、それでつい……」

「ふふ、随分としおらしいですね」

「まぁ、一周回って落ち着いた感じだ」

「それはなによりです。それはそうと、何処か行くあてはあるんですか?」

「ねぇよ、どうせどっかでくたばるんだ無くていいさ」

「では、またどこかで会うかもしれませんね」

「はは、どうだろうな、二度とねぇかもな」


 少女の言葉に小さく笑いながらその場を立つ。

 また会うことがあったらその時にでも考えよう。

 明日のことは明日になってから考えればいい、それが俺のモットーだ。


「じゃあな、えーと」

「クロです、クロ・カトレア」

朔明 健(たちもり たける)だ」

「またどこかで、タチモリさん」

「タケルでいい。じゃあな」


 それだけ言って俺はこの場を離れようとする。

 すると裾を引かれる感覚があった。


「あの……」


 振り返るとさっきまでボロボロの顔をしていた子供が居た。

 俺がかけた上着を両手に持ってオロオロしている。

 片膝をついて目線を合わせる。


「どうした?」

「ありがとう、ございました。これ……」

「どういたしまして」


 上着を受け取り子供の頭を撫でる。

 子供は恥ずかしかったのか直ぐに走って何処かへ行ってしまった。


「ふふ……」

「なんだよ」

「いえ、なんでもありません」

「なんだよったく。じゃあな」


 返事を待たず見知らぬ街を歩いていく。

 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

ページの下にある☆ボタンで評価をしてくれると作者モチベーションにつながります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ