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不死の死にたがりと異世界少女  作者: 陽炎 紅炎
序章
1/43

一人の男の終わり

 『自分』は何故生きているんだろう。


 高校を卒業してからの五年間、死にそうになるぐらい仕事に追われていた。

 両親は俺が産まれて直ぐに亡くなった。

 親戚は俺を忌み子、鬼の子と気味悪がり誰も引き取ってくれなかった。

 おかげで幼少期の思い出なんてものはほとんど無い。

 そんな俺でも唯一恵まれている事があったとすれば、預けられた施設で友人が出来たことだろう。


 嬉しかった、いつも俺の傍に居てくれて、一緒に飯を食って、一緒に遊んで、一緒に寝たこともあった。


 友人のおかげで学校にも行くようになり、無事に高校も卒業できた。

 だが、その友人も昨年事故で亡くなった。


 なんで俺だけがこんな目に遭わなければいけないんだ。

 そんな哀傷に塗れた心は誰にも理解されない。

 代わりに無常な日常が繰り返されるだけ。


「おい朔明(たちもり)朔明健(たちもり たける)。聞いてるのか? 俺はな、お前のためを思って言ってやってるんだぞ?」

「はぁ……」


 仕事をしない上司から有難くも無い説教をくらう。


 ーー誰がお前の分の仕事をこなしてると思っているんだ。


 そんなこと口にすればこの長い説教はいつまでも伸び続ける。

 かれこれ三十分以上も拘束されている。

 書類の誤字一つでよくもまぁここまで話続けられるな。

 呆れながら感心するよ。


「もう、いいか」

「人がありがたい話をしているのに礼儀を知らん奴だなぁ?」

「うるせぇよ。俺、ここ辞めるんで。これ退職願と届けです」

「は!? お前いきなり、おい、待て朔明!」


 書類を机に置き、上司の返事を待つことなく会社を出た。

 オフィスには上司が暴れる音が響くが、俺にはもう関係の無いことだ。

 何という事もない、普通の人生(よくあるはなし)


 日は完全に落ちているが、都会であるが故に夜でも賑わっていた。

 大通りから外れた廃ビルの屋上から街を眺めていると少しだけ気分がいい。まるで神にでもなったかの様だ。


 なんてな。


 短く切り揃えた黒髪とスーツのジャケットが風に靡く。

 押さえたりするのも面倒なのでそのままにして自虐的に笑う。

 今まで頑張ってきたがもう限界だ。

 もうこの先、ずっとこんなドロドロしたものを抱えて生きていくのなら、いっそのこと……。


「あぁ、そうだよな。死ねば楽になれる……」


 廃ビルの屋上から何のためらいもなく身を投げた。

 落下による激しい風をスーツ越しに身体中で感じながら真っ暗な地面へ落ちていく。

 屋上から地面までほんの数秒の筈なのにやけに長く感じた。

 脳裏にこれまでの思い出がよぎり、これが走馬灯かと目を閉じた。


 あぁ、全く最悪な人生だった。




 〇




 捨てたはずの意識が戻ってきた。

 もう二度と感じることは無いと思っていた心地よい風。

 ゆっくりと目を開けると日光が眩しくて思わず手で遮断する。

 体を起こして辺りを見てみると木々が生い茂っていた。

 丁度俺のいる周りにだけ木が生えていない、地面も硬いアスファルトではなく枯葉と土だった。

 ここは森か山なんだろう。

 枯葉と土のひんやりとした温度、緑の匂い、それらが俺が今も生きていることを裏付ける。


「ハハ……」


 乾いた笑いが喉から漏れる。

 いやいやまさか、冗談じゃない。

 まさか死にきれなかったのか……?


「ふざけんな……」


 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 最後の死に様でさえ否定された気がしてわなわなと手が震えてくる。

 やっと、やっと楽になれると思ったのにっ!


「ふざけてんじゃねぇぞ! まだ生きろってのか、まだ生き続けろってのかぁ! こんなクズに、まだ、生き続けろっていうのかっっ!」


 爪がくい込むほど拳を握り込み、喚き散らす。

 生きる意味など無く、限界を迎えた心と体に鞭打って生きていくくらいなら、いっそ死んでしまった方が楽になれると、そう思って死を選んだ。

 だが生きている、生きてしまっている。

 それを受け入れられなかった。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 喉が避けるんじゃないかと思うくらい声を上げた。

 蹲って地面に手を何度も叩きつけた。

 鈍い痛みが手に返ってくる度に現実を思い知らされ、また別の方法で暴れる。

 それを繰り返すうちに少し落ち着いた。

 というより暴れすぎて体力が底をついた。

 荒くなった息を落ち着ける為に深呼吸をすると土と木の匂いが口に広がる。

 叫びすぎたことと喉が渇いていることもあり張り付くような痛みがする。


「クソったれが……。クソったれがぁ!!」


 この場に居ない、俺を生かした何かを呪う。

 スーツが土まみれになっているが土を払うことも、体を動かすことも煩わしい。

 もうこのまま寝転がっていれば餓死するだろう……。


「あぁ……?」


 小さな揺れを感じた。

 それも一度だけでなく何度もだ。

 何か生き物がいるのだろうか、それなら頼む。

 救いようのないゴミのような命だが、お前の養分になれるならそれでもいい。


 そんな祈りが通じたのか足音は大きくなり、やがて足音の正体が現れる。

 それは黒い体毛で被われた巨大なクマのような生き物だった。

 口からイノシシのような牙が二本左右から生えていて涎が歯と歯の間から垂れていた。


 あぁ、今度こそ死ねる。


 心の底から嬉しかった。

 命を失う最後の瞬間だと言うのに、俺は心の底からの喜びを感じていた。

 全身から力を抜き正に、まな板の上の鯉になる。

 巨大なクマが俺に近づき大きな口を開けて俺の頭を噛み砕こうとする。

 生暖かい獣臭が眼前に広がりいよいよ死を悟った。


 あぁ、でも痛いのは嫌だなぁ……。


「危ない!」


 俺の淡い希望はその一言で消し飛んだ。

 人の声が聞こえた瞬間、轟音と共に吹き飛ばされ地面から剥き出しになっていた岩に頭をぶつけた。

 一体何が起きたのか、ぼやける視界でとらえたのはさっきまでいたクマだったものと俺に駆け寄る少女だった。


「……!」


 意識が朦朧として少女の言葉を上手く聞き取れなかった。

 ただ、痛みでガンガンする頭でも一つだけ理解出来た。

 俺はまた死ねなかったようだ。

 そのまま俺の意識は闇に沈んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界モノでここまで死を主人公は初めて見ましたね。とても気になりますね。果たして、主人公は異世界でどう生きるのか。とても気になりました。文章も読みやすいですし、こういう普通とは違った作品は…
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