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死ノ国  作者: 月島 真昼
終章
99/110

ニ・ライ=クル=ナハル 11



 翅の国は鉄の国を完全に制圧した。工業地帯を翅の国に差し出して税収の大部分を失った鉄の国は、国家の体裁を維持できなくなり、治安が乱れ民衆の反乱を招いた。そこへ翅の国の軍が介入して反乱を収めて治安を改善し、同じことが起こらないように「指導」の名のもとに鉄の国から実権を奪ってしまった。これらはギ・リョクが先の戦争よりも前から企画していたことだった。

 奪い取った土地と資源を使って、戦車の生産を加速させる。

同時にギ・リョクはあるものの開発に力を注ぐ。

(シン王の持つ最大の戦力、灯の国の軍隊を一体で食い止めたヤツマタって壊獣には、人間がただ挑むだけじゃあ数千から万の単位の犠牲を出しかねない。まあ灯の国との決戦にすら一頭しか出せなかったヤツマタってのは、そんなに数の多い壊獣じゃないんだろうが。ヤツマタを相手に万の犠牲を出せば、のちの戦いは厳しいなんてもんじゃねえ)

 だからヤツマタを打ち破る切り札が必要になる。

 ギ・リョクの前で長い棒にまだ熱を持った真っ赤な鋼が巻き付けられる。完全に冷え固まる前に芯となった棒をゆっくりと引き抜く。中央に円形の穴が通った長い鋼柱が出来上がる。鋼柱の内側を磨き上げて凹凸を無くす。

(だがしかし……)

 長い時間をかけて行われた一連の作業を見届けて、ギ・リョクは深く息を吐く。

 彼女の傍らには握り拳ほどの直系の椎型の鉛の塊が箱に詰められて置かれている。底部には羽が取り付けられている。打ち出した際に後方の乱流に引っ張られることを防ぐためのものだ。

「なぁ。こいつはあたしらの時代には早すぎるんじゃねえのか」

 誰にともなく呟く。

 剣と槍、盾と鎧、騎馬と弓矢の時代に突如出現したオーパーツ。

 作り出すべきではないのだろう、と思う。けれど現実にヤツマタの脅威に対抗できるだけの力を、ギ・リョクには他に思いつけなかった。

 恨むぜ。と、独り言ちる。




「戦車の数は?」

「随分減ったがまあなんとかなる」

「兵糧は?」

「万全。輸出入の関係でずっとため込んできた国だからな。余ってるくらいさ」

「兵の練度とか」

「鉄の国と一戦やらかして河の国との共同訓練でかなりましになったぜ」

「例のものは?」

「いまある資源はもう全部使っちまったよ。これ以上の増産は無理だな」

「……ええと」

 ライはまだなにか言おうとしたけど思いつかなくてうつむいてしまう。

 ギ・リョクが鼻で笑った。

「なんだてめえ、怯えてるのか」

「ひらたくいえば、そういうこと」

 ライは自分の体を抱くようにする。小さく震えている。思えばこれまで、ライの側から戦端を切ったことはなかったのだ。灯の国でジギを討ったのはライの知己が攫われたからだし、仙莱山の時は鉄の国の兵が残酷なやり方で人々を殺していた。ジュゾを倒した時も宣戦布告はあちらから行われた。ユ・メイに協力したのはシンが攻めてきたからだ。

 けれど今回は違う。

 翅の国の兵力をまとめ上げたライが号令をかけて、シンを討つ。そのために大勢の人間が死ぬだろう。シンの力は巨大だ。築き上げた国力は強大だ。壊獣がシンの周囲を固める。タンガンの力。シチセイの切れ味。ヤツマタの暴威。容易にことが運ぶはずがない。

 それでも。

 シンに大陸を制覇させてはならないと思う。狡猾を武器にして、人々を支配するための道具立てとして差別を扱うあのシンに、大陸の全土を支配させてはならないと思う。

「どうする? いまさら引き下がるのかい」

 挑発するようにギ・リョクが言う。

 ライはしばらく目を閉じていた。心と体の震えを収める。

 自分の号令一つで失われる命の数を背中に感じる。

「行こう。戦争をはじめよう。シンを殺そう」

 ニ・ライ=クル=ナハルの名のもとに。

 数にしておおよそ二万の軍隊と五百の戦車が北上していく。

 呼応して河の国からもおおよそ三万の軍隊が雷河を越えて北上する。

 草の国を目指す。



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