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死ノ国  作者: 月島 真昼
五章
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アゼル=ヤグ=ナハル 3



 エ・キリ=ヤグ=ナハルが病室の扉を開ける。

 部屋の様子を見渡す。アゼルが眠っている。扉を閉めて、足音を忍ばせてそっとアゼルの寝台に近づく。懐から取り出した短刀を抜く。アゼルの喉に向けて、降り下ろした。

 アゼルの手が伸びて、エ・キリの細い手を掴んだ。

「いくら倒れるほど疲れとっても、あんたに殺されるほど耄碌してへんよって」

 体を起こす。エ・キリが口から泡を噴きながら、「殺さないと」「殺さないと」「アゼル姉さまを殺さないと」と繰り返す。アゼルはエ・キリの手を軽く捻って短刀を取り上げる。

「……うちじゃあかんねんなぁ」

 呟く。アゼルはエ・キリが自分を憎んでいることを知っていた。

 当たり前のことだと思っていた。だって、エ・キリの母親はアゼルが焼き殺したのだから。つまりはアゼルは自分の母親を焼き殺してしまっていた。彼女がまだ幼い子供だった時の話だ。

 理由がなんだったのかアゼルはきちんと思い出すことができない。思い出せないということは、それだけどうでもいいようなくだらない癇癪だったのだろう。けれど、『炎』の魔法を宿しているアゼルの癇癪は「子供の癇癪」では済まない結果を引き起こしてしまった。アゼルは元々感情の整理が苦手な子供だった。癇癪を起しては炎の魔法で小火騒ぎを起こしていた。そのときも昂った感情のままに『炎』を使って、アゼルは自分の母親を焼き殺した。そしてそれをエ・キリに見られた。エ・キリはその場で失神した。

 アゼルの人格を決定づけたのは、その時の覇王の言葉だろう。

 覇王はアゼルが母を焼いたのを見て、にいと笑って「よい子だ」と言ったのだ。

 彼女の持つ炎の素質を賞賛したのだ。だからアゼルはこれで正しいのだと長い間、誤っていた。

 エ・キリは母親が焼死するのを見た時のことをよく覚えていないように思う。

 けれどその時に抱いたアゼルに対する強い恐怖は、エ・キリの体に刻み込まれている。

「ごめんな」

 と、アゼルは言った。

 後悔していた。

 妹を守ることでせめて母親に償いたかった。

 でもアゼルが近くにいることで益々エ・キリの怯えはひどくなっていく。

「キリ、ねえ、キリ」

 引き寄せて、軽く頬を叩く。

 ぶるぶると震えて口から泡を飛ばしていたエ・キリの目が少しだけ正気に戻る。

 アゼルはエ・キリの耳元に口を寄せた。

「ライくんのとこ、行き。あの子がまだあんたのこと一番ましに扱ってくれる思うわ。ここおったらあかんよ。シンくんはうちよりもっと恐い子やから」

 それからアゼルは短剣をとって自分の白い喉にあてて、

「ほなね」

 裂いた。




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