ニ・ライ=クル=ナハル 8
ライはそのまましばらくじっとツギハギの冷たくなった体を抱きしめていた。小屋の周囲では屍が倒れてただの死体に還っている。戦いは終わった。屍の魔法の使い手をライが殺して王の国を救った。嬉しくはなかった。
自分も他の屍と同じように死体に還るのではないかと思っていたが、いまのところその兆候はなさそうだった。それでも自分のなかからなにかの力が抜け落ちたのがわかった。他のものと同じように死体に戻っている、ただその速度が緩やかなだけなのかもしれない。少なくとも心臓を貫かれるような重傷を負えば、今度はもう助からないだろう。
気分が重くて動く気になれなかった。
一昼夜くらいはそこにいただろうか。キ・ヒコが駆けつけてきてツギハギの死体を収容しライと共に王の国へと帰った。キ・ヒコは何も訊かなかったし、ライは何も言いたくなかった。宮廷に登り、カイを目の前にしてようやくぽつりと「終わったよ」とだけ言った。
「ご苦労様。ありがとう。しっかりと休んで」
「シンは?」
「まだ来てないよ。もしかしたら顔を見せずに帰るつもりかもしれないね。あいつ照れ屋だからさ」
「そっか」
「ごめんね。嫌な役目をさせた」
カイは俯いたままのライを抱き寄せた。
やわらかい女性の感触がライを包む。
「ねえ、どうして僕は他の屍みたいにただの死体に還らなかったんだろう?」
「……ボクらの母様の魔法はね、『形』の魔法って言うんだ。能力は“自然で最善の形を保つ”こと。術者の傷や病の治癒力を強化する魔法だった。一人が二つとも持っているってのは聞いたことがないけれど、ボクが持ってないってことはそういうことじゃないかな」
「僕が『泥』じゃない魔法も使ってるってこと?」
ライは驚いて尋ねた。
「おそらくだけど」
カイが頷く。
やさしい目で、母親の面影のあるライの顔を見る。
「……ねえ、カイさん。翅の国にこない?」
カイの胸に顔を押し付けたままでライは言う。
「シンとの約束なんてほっぽって逃げちゃおうよ」
「ありがとう。僕もそうできたらいいと思うけど、でも約束しちゃったから」
「いいじゃないか。あいつとの約束なんて律義に守ること、」
かしゅん。どこかすぐ近くからなにかを擦るような音がした。
カイが首元をおさえる。彼女の襟の近くが赤く染まっていく。
「……くそ、そんなに急がなくてもいいじゃないか」
蚊が鳴くような声でカイがぼやいた。ごとり。なにかがライの隣の床の上を転がった。それは、カイの頭部だった。首が離れた胴体がライの手の中に残る。しゅるりと一匹のシチセイが胴体から滑り落ちた。血がついている。さきほどまではカイの首に巻き付いていたようだ。「あ、ああ」ライが両手を離す。後退る。カイの胴体が大きな音を立てて床に倒れる。噴き出した血の雨がライを濡らした。ライが頭から真っ赤に染まる。
ライは悲鳴をあげた。
魂まで吐き出すようにして悲鳴をあげた。