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死ノ国  作者: 月島 真昼
五章
90/110

ラ・シン=ジギ=ナハル 18

 


 屍兵を排除したあと西側の穴は戦車を数台詰め込んで無理矢理に埋め立てた。

 もういないのか、とユーリーンは少し落胆する。この手に残る余韻を楽しむ。

「ユーリーン殿。排除した屍兵はいかがなさいますか」

「焼き捨てろ。場所はカイ殿が区役所前の墓所を開けている」

 屍の中に自分の父がいるとは露とも知らずにユーリーンは言う。




 王の国に屍兵が出たと聞いて、シンは撤退を考えた。

 このまま戦い続けても埒が明かない。本国に戻ればヤツマタが使えるのだ。王の国を見捨てさえすればシンには使える手札が残っている。カイの首は屍兵共が勝手に落としてくれるだろうし、ライには単独で屍兵を倒しきるほどの戦力はない。ここでシンが引けば、王の国は落ちる。滅びる。屍の国と化す。

 ヤツマタを使えば取り返すことはできるだろうが、この国を自分が支配した時に肥沃な土地も人も残っていなかったのでは旨味がない。

 この国の経済基盤は、取り込むには魅力的だ。

 なるべく無傷に近いままで手中に収めたい。——食い荒らすならば自分がやりたい。

 ……もう少し足掻いてやるか。

「ソウヨク」

 シンは翼長八メルトルはある、巨大な怪鳥の壊獣を呼び出す。

 二匹のソウヨクがぐるりと空を泳いだあとに、砦の上のシンの左右にやってきて翼を畳む。

「スゥリーン、ツギハギの居場所を特定できれば、殺せるか?」

「シンがやれっていうなら、私はなんでもいいよ」

 サンロウと戯れていたスゥリーンが無邪気な目をして答える。

「空からの索敵でツギハギを探す。おそらく先に釣れるのは、ツギハギではなくサイハテとナタだろうが」

「そっちを先にやればいいんだね?」

「殺ったあとで帰って来れるか? まだおまえを使い潰すわけにはいかんのだ」

 スゥリーンは彼我の戦力の差を思い浮かべる。相対した時にどのように戦うかを考える。戦いの趨勢を思い浮かべる。ナタには多少は手こずるだろう。サイハテは簡単に倒せる。

「いけるよ」

 スゥリーンが言い、シンが頷いた。

 この少女の中にテン・ルイと同じ、高慢さのない見識が育っていることを喜ぶ。

「サイハテを頼む。ナタの首は俺の壊獣で取る」

「でもその間の、シンの護衛はどうするの? ツギハギ……じゃないや。ルウリーンって人はリクコンでは止めれないんでしょう?」

「気は進まんが、ココノビを呼び戻す」

 なぜだか知らないが、あれはシンの影から出入りすることができる。

 呼べば来るだろう。

「わかった」

 シンは二羽のソウヨクの首の後ろに手をやって押しやった。「いけ」ソウヨクが飛び立つ。シンは自分の両眼を閉じて瞼の裏にソウヨクの見ている景色を共有する。

 猛禽類の視力は人間の八倍以上あると言われている。

 二キロメルトル離れた場所を拡大して見ることができる。ソウヨクは空を滑りながら屍のやってくる奥を探す。この先のどこかにツギハギがいるはず。

「無作法な真似をするな」

 地上から数十メルトルも伸びた『剣』の一閃が、ソウヨクの首を切り落とした。接続が強制的に断たれる。(空まで伸ばせるのか、あの『剣』は……)失墜したソウヨクの体が落下と同時に爆散した。背負わせておいた火薬が落下の衝撃を受けて火打ち石から火花を散らして炸裂したのだ。ナタは咄嗟に屍を盾にして爆発から逃れたが、周囲から屍が吹き飛ぶ。

「やるな、『喰』の」

 ナタが剣を構える。

 シンは前線を支えていた戦力をナタの元に集める。「前回とは趣向を変えてみようか」ナタの背後から屍兵が押し寄せる。いずれも鎧と槍を装備した馬の国の屈強な兵隊達だ。前回はナタが突出して壊獣を殺していたために、一対多の状態ができあがった。ナタは屍兵を用いて多対多の戦いを挑む。

「失せろ老害。あんたの時代はとうに過ぎた」

 シンは邪悪な笑みを浮かべて、攻撃を開始した。

 壊獣達がシンの指揮に答えて、牙を剥く。


 もう一羽のソウヨクが空を舞う。

 敵陣の奥深くに到達する。ソウヨクは街から外れたところに一軒の粗末な小屋を見つける。

 サイハテが丁度その小屋の中から出てきた。

 空を舞うソウヨクに気づいて、雷の魔法を使う。ソウヨクを焼き殺す。搭載されていた火薬が空中で爆ぜてソウヨクの死体が爆散する。サイハテは降ってきたソウヨクの血を拭う。

 焼け死ぬ寸前にソウヨクの両目が、縫い合わされたサイハテの傷口を見ていた。

「スゥリーン」

 三羽目のソウヨクを繰り出す。スゥリーンがその足を掴む。

 ソウヨクの巨体がスゥリーンごと空へと舞い上がった。

「ココノビ」

 名を呼ぶ。

「……ココノビ?」

 答えはなかった。

 舌打ちしたシンは「リクコン、敵が近づいたら俺を引っ叩いて起こせ」と命じて、ナタとの戦いに集中する。



 ナタの剣がサンロウを切り裂く。屍兵が突き出した槍がサンロウの腹を貫く。タンガンが吼える。長い腕を振るう。屍兵が背骨を折られて吹き飛ぶが、返し刃に放たれたナタの剣がタンガンの首を刎ね飛ばす。

 先の戦いのように包囲戦にならなければ、ナタは大抵の壊獣に対処できる。

 ナタは自分の周囲から壊獣が随分減っていることに気づいた。シンによる壊獣の操作も別口に向いているように思う。(俺を崩せぬと見て他に戦力を回し始めたか)ナタは剣を鞘に納めた。居合い。足止め程度に繰り出されるサンロウやタンガンを、抜剣と共に繰り出された一撃が一挙に数十メルトルにまで長大化して薙ぎ払った。

「舐められたものだな」

 後方から放たれた馬に飛び乗る。シンが篭る砦に向かって走らせる。散発的に置かれた壊獣を斬り殺す。短剣を投げる。砦の前の地面に突き刺さる。飛び降りて、先に投げた柄の上に立つ。剣の魔法を使い、突き刺さった剣の刃を長大化させる。砦の上方まで一気に伸びた刃が、柄の上に立つナタをシンの元まで連れていく。目を閉じて眠るように俯いているシンがナタの視界に入る。ナタが剣を引く。

「かかった」

 弓の射出台などの砦の隙間という隙間からリクコンの触腕が這い出た。空中で身動きの取れないナタを黒い触腕が捉える。右腕と胴体に強く巻き付いて剣を振るわせない。(これしきの拘束……!)ナタは締め上げられた手を無理矢理動かして懐の短剣を取ろうとする。左手が短剣の柄を掴む。剣の魔法が短剣の刃を長大化させて拘束を切り裂こうとした。それよりも一瞬速く。「シチセイ」横薙ぎに振るわれた七つ星の紋様のある蛇の尾が伸びた。ナタの首が撥ね飛ばされた。

 シンの隣に空中を泳いだ首が落ちてくる。

 シンは目を開けた。リクコンとシチセイの操作を解く。

 幾分疲れたように目頭を押さえて、それを覆い隠すようにして嘲笑う表情になる。傍らに落ちたナタの首を見る。ナタが楽しそうに口端を歪めた。

「よもや『炎』以外の使い手に敗れるとはな。護りを手薄にして逸った俺を釣るところまでが戦略の一環か。なるほど貴様の言う通り、俺の剣の通じる時代はとうに過ぎ去っていたようだな」

「『喰』や『屍』を崩すには術者を殺す他ないからな。あんたなら来るだろうと踏んでいた」

 完敗だな。ナタが呟く。

「まあ、俺の切り開いた道の後に貴様のような気骨のあるのが育っているのなら、殉じた甲斐もあったものよな。進めよ、弟」

 最後にくくく、と低い声で笑って、ナタ・タク=クル=ナハルの目から光が消え去る。

 シンは邪魔になったその生首を砦の上から蹴落とした。



 スゥリーンが戻ってきた。

 空中を歩いてシンの傍らに戻る。

「サイハテは?」

「倒したよ、弱かった」

 こともなげに言う。「そうか」シンは視線を戦場に戻す。スゥリーンがシンの後ろで剣を抜く。背後からシンの首を斬りつけようとした。シンの肩越しに飛んだシチセイの尾がスゥリーンの胴体を薙ぎ払った。両断されたスゥリーンの体が二つに分かたれてべちゃりと張り付く。

「……アスナイに化けるならば、この程度は躱してみせろ。キ・クイ」

 胸から下を切り裂かれて、スゥリーンの姿に化けていた『かわり』の魔法を使う狐目の女、キ・クイ=アズ=ナハルの本当の姿が露わになる。その能力は体細胞の一部があれば外見と魔法を写し取れるというものだ。十余年前の時には魔法を使って暗躍して王の国の政争を激化させた主犯の一人だ。先の戦いのときにスゥリーンの髪の毛かなにかを手に入れていたのだろう。砦の上でクイがもがく。体を起こそうとするが腕も足も切り裂かれて上半身にくっついていないからなにもできない。

「どうしてわかった?」

「戦って帰ってきたにしては体温が低すぎたそうだ」

 ピット器官を持ち、温度を感じることができるシチセイがクイの頭部に尾を一閃した。両断されてクイの頭が脳漿をぶちまけて死ぬ。シチセイがしゅるりとシンの服の中に帰っていった。

 そのうち、本物のスゥリーンが戻ってきた。右手にサイハテの首をぶら下げている。

「取ってきたよ」

 嬉しそうに言い、シンの隣に並ぶ。

 シンが「よくやった」と言い、頭を撫でてやると目を細めて手の感触を喜ぶ。



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