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死ノ国  作者: 月島 真昼
五章
86/110

ローゲン 2


 ローゲンが草の国に残してある壊獣を纏める。ジギ族の調教師達と共に出立の準備を終えて蜻蛉返りに王の国へと引き返そうとする。

「ローゲン」

 それをキ・シガが呼び止めた。

「なんだ」

 右目の側からローゲンが振り返る。

 声を掛けておきながら、キ・シガは躊躇ったように一度口を開きかけて閉じた。

「……静かな場所に行こう」

 普段は人を食ったような物言いをするキ・シガがなにかを言いよどんでいるのを見て取って、ローゲンが促した。

 二人は普段は軍議などに使っている、いまは無人の一室に入る。

 龍を描いた掛け軸だけが二人を見ていた。

「あの、ローゲンあなたは、」

 キ・シガが視線を彷徨わせる。ローゲンの片目に視線を留める。

 しばらく躊躇ったのちに意を決して、尋ねる。

「あなたはいまのシン王のことを、どう思っていますか?」

 ローゲンが悲しげに俯いてから、目を閉じて、静かに首を振った。

 訊かないでほしい、と言外にそう言っていた。

「貴女は、私の出自については聞き及んでいるか?」

「すこしは」

「私は衣の国の剣奴だった。見世物の殺し合いを強要されて、檻の中に住まわされていた。飼い主は私の魔法に恐れて、食事を牢の中に投げて寄越したよ。人狼と呼ばれていた。私自身、人間らしい情動を持っていたかどうかあやしい。そんな私を人間にしてくれたのはシン王だ」

「……」

「だから私は、あの人に忠誠を誓ったのだ。なにがあってもあの人の剣でいようと思う。私が折れて朽ち果てるその日まで」

 例え行く道が魔道であっても。

 道の先が地獄へ続いていたとしても。

 ——シンの作る新しい国の内容が、ツギハギが大陸の人間すべてを死体にした国と大差なくとも。

「シン王はあなたを顧みないかもしれませんよ?」

「構わないさ。シン王が私を見捨てるならば、それはきっと私が倒れた時だろう。折れた剣を愛でる輩はいまい」

 ローゲンは微笑んだ。

 キ・シガにはその笑みが精一杯悲しみを押し殺しているように見えた。

「だが、」

 不意にローゲンの片目に獰猛な殺意が宿った。

「ココノビは私が殺そう」

 自分に向けられた殺意ではないにも関わらず、キ・シガの背に怖気が走る。

「あれが人心を弄ぶ様は、私には度し難い」

 ローゲンはハリグモが麻薬によって脳内を掻き毟られて屈していく様を見ていた。

 灯の国と衣の国は近しい関係にあった。親交もあったし、小競り合いを起こしたこともある。ハリグモの雷名はローゲンの元まで届いていた。憧れた。あの高みを目指した。けれどココノビによって塗り替えられたハリグモの人格は、以前とは打って変わってしまっていた。ローゲンの憧憬は汚辱に塗れていった。

 身を引き裂かれるような痛みと、それ以上の屈辱を感じた。

「キ・シガ、あなたはいまのシン王が不満か?」

「……以前とは別人のよう、だとは思います」

 少なくとも、キ・シガが仕えたいと願ったのは、あの人ではない。

「そうだな」

 ローゲンはふと、シンはいつか破滅するだろう、と思う。それがいつ、どこでかはわからない。だけど決定的に、壊滅的に破滅する。そしてシンはそれを受け入れているように思う。自分が限りなく多くのものを巻き込んで破滅することを、どこか愉しんでいるように思う。勿論、そうした感触を抱いているのはローゲンやキ・シガのような一部のごく身近な側近だけで、他のものにとってはいつも通りの、「勤勉で有能ではあるが非情な側面のある王」にしか見えていないのだろうが。

「今日のことは私の胸に閉まっておく。一番の重臣に叛意があるなどと知れれば、草の国は大きく揺るぎかねない。留守を任されることの多いお前が、この国でなにをしようとしているのか、私の関知するところではない」

「……ローゲン、私は」

「わたしはおまえとは行かないよ」

 ローゲンは鋭く言った。

「それから、忘れるなよ。シン王はきっとおまえの考えていることを、やろうとしていることを知っている。そしてそのことを、鼠を釣り出すための餌程度にしか思っていない」

「……はい」

 キ・シガは小さく頷いた。

「私はもう行くよ。うまくやることだ」

「武運を」

 キ・シガは両手を合わせて軍礼をした。

 ローゲンが部屋を出て行った。




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