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死ノ国  作者: 月島 真昼
五章
80/110

ナ・カイ=クル=ナハル 2

 


 ライとキ・ヒコが王の国へと参上した。カイからの要望で多くの戦車を引き連れている。

 ユーリーンもついて来ようとしたのだが、ハクタクが「ドクターストップだ」と言って寝台に押さえつけられた。彼女の肩の負傷はまだまるで治っていない。馬に乗っての長距離の移動などもってのほかだった。馬車を使っても、振動が骨の付きを悪くする。安静にしているのが一番いい。

 代わりに一緒に向かったキ・ヒコが「任せたまえ」と言ったが、彼の笑顔はなにか別の含みがあるようにしか見えなくてユーリーンは気が気でなかった。

 兵を引き連れてライとキ・ヒコは翅の国を出て行き、数十日をかけて王の国まで辿り着く。

 ライはなにげなく街並みを横目に見ていた。ゼタによって一度焼き払われたこの街の復興はようやっと軌道に乗り、元の風景を取り戻し始めていた。むしろ住民の活気は元よりも満ちているかもしれない。皇族同士の争いや、私腹を肥やす官僚組織がゼタによって壊滅させられたために、堰き止められていた金や人の流れが潤滑になり始めた。

 ライとキ・ヒコは兵を街の外に留めておいて、宮殿に登る。

 謁見の間ではなく、それほど広くない会議室に通される。

「やぁ。よく来てくれたね」

 左目だけに眼鏡をかけたくたびれた雰囲気の女がライを迎えた。少しふらつきながら椅子から立ち上がる。艶のない黒髪が少しだけ揺れる。頬にかかる程度の長さに抑えられているのは手入れが面倒だからだろうか? 睡眠が充分でないのか、目の下には隈がある。手元にはなにかの資料があって、ライ達が来る寸前まで目を通していたようだ。

「はじめまして。ボクはナ・カイ=クル=ナハルと言います。一応、いまのこの王の国を取り纏めている立場にあります。君は、」

「ニ・ライ=クル=ナハルです」

「会えて嬉しいよ」

 カイは微笑んだ。一回りほど歳の離れた弟の顔を優しい目で眺める。

 ライもまた自分と相通じるもののあるカイの顔を見つめる。

「ええと、あなたは僕と同じクルの名前を持ってるけど、その……」

「うん、君の姉のあたる」

 ライはなんだかむずがゆい気持ちになる。

 シンはライのことをこんな風には見なかったし、アゼルに対してはざらついた感情が浮かんできてそれどころではなかった。ユーリーンの母はライによくしてくれたし、灯の国にいたころは方々の年上の女性と“遊んで”いたけれど、ライは本当のところ肉親の情を知らない。覇王はライが生まれる前に亡くなっていたし、ライは母親のことをなにも知らなかった。

 自分の姉だというカイが向ける視線に、なんだか居心地の悪さにも似た感情を覚える。

「てっきり謁見の間に通されるかと思ってたんだけど」

「ボクは皇帝どころか、厳密には王とすら名乗っていないからね。玉座の上から君たちを見下ろしながら話すなんて、とてもじゃないけど恐れ多いよ」

 軽やかに言い「座ってよ」と椅子を勧める。

「もうすこしでシンも来ると思う。ただメイ王は国内のごたごたが片付かなくて今回は欠席すると連絡を寄越してきた」

 シュウさんが行かないように進言したのだろう、とライは想像する。

 河の国は雷河とユ・メイの水の魔法によって守られている。水量の多い場所での水の魔法の力は、他の魔法を圧倒する。

 王の国は河の国ほど水源の豊かな地ではない。不足するほどではなく、むしろ水害の多い河の国と比べると条件が整った暮らしやすい土地だが、水の魔法が十全の性能を発揮できる場所ではない。

 シンにとっては河の国を離れたユ・メイを殺す絶好の機会のはずだ。実際のところ二人が戦えばどうなるのかはライにはわからなかったが、シュウとしてはそんな無意味な危険にユ・メイを晒すのは愚の骨頂に思えたようだ。

「ええと、それで、この国にはいったいなにがあったの?」

「……きみは、ツギハギ=クグ=ナハルのことを知っているかい?」

 ライは首を横に振った。

「ぼくが最後の子供なんだよ? 兄さんや姉さん達のことを一番知らないのは、この僕だ。逆にあなたやシンは、僕のことをよく知ってたみたいだけどね?」

「……そうだね。ボクはキミのことをよく知ってる」

 カイはその日のことを思い出す。

 覇王の没後に生まれた最後の王子。情報が錯綜してみんながあちこちを駆けずり回っていた。「あほちゃうん?」アゼルの声。「競争相手、増えるんに困るんやったら、こうしたらええだけやのにね」紅蓮の炎。燃える家屋。悲鳴。絶叫。焼け跡。カイの母はその時に死んだ。

 カイはライの、火傷一つない美しい顔を見つめる。

 母親によく似ていると思う。

 父親にもよく似ている。

 二人に顔立ちがあまり似なかったカイはそのことを羨ましく思う。

 カイは「……キミは知ってると思ったんだ」と口の中だけで呟く。

「ツギハギって人が、なにかしたの?」

「うん。実はね、————」

 その続きの言葉が、ライにはよく聞き取れなかった。

 いいや、言葉自体は聞き取れていたのだが、内容の意味が噛み砕けなかった。

 もう一度、反芻するようにカイの言葉の並びを思い返す。


 ――この王の国よりも西側に、生きている人間は一人もいないんだ。


 一人もいない?

 なぜ?

 どうして?


 王の国の西には、広大な平原を持つ馬の国と、険しい山脈地帯を切り開いて作られた霧の国が広がっているはずだ。

 そこにはもう生きている人間がいない。


 なにをすればそんなことができるの?

 ツギハギ=クグ=ナハルは一体何をしたの?


「彼女の魔法は、屍の魔法。死人を操る魔法だ」


 ツギハギ=クグ=ナハルは。

 馬の国と霧の国に存在した人間すべてを屍兵に変えて、大陸の東へと手を伸ばそうとしている。

 その総数はおおよそ百万。

 放っておけば西側の国々だけでなく、大陸のすべてを屍兵達が呑み込むだろう。



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