イ・シュウ=アズ=ゼン 5
突撃兵達と河の国の騎兵の戦いは、拮抗状態のまま双方に死者を出し続けていた。
生きている人間が減って、空間ができれば突撃兵達の個人技がまた生かされはじめる。
ア・クロ=ヤグが馬の首の根本から突きこんだ槍を、馬を駆っていた騎兵の心臓にまで届かせる。常人ならざる膂力の一撃だった。槍を引き抜こうとして、諦める。肉にがっちりと食い込んでいて引き抜けない。殺した騎兵が握っていた槍を奪う。
「やってられっか」
と、突撃兵の一人がぼやく。
訓練による裏打ちがなされていない彼らは、危機に瀕すれば当然のように生存のための本能が優先される。逃げ出そうとあたりを見渡すが、周囲は騎兵に取り囲まれていて逃げ場などまるでない。この死地に留まらざるを得ない。
突撃兵達の士気は低い。
しかし騎兵達も決め手に欠いている。
泥沼の消耗戦の様相を呈し始めていた。
そんな状況で、最後の一手があったのは、シュウ達の方だった。
誰かが屋根に登り、また別の者が窓から顔を出して弓を引いていた。それは河の国の、この街の住民達だった。好き放題に街を荒らしまわってくれた突撃兵達に、鏃の先を向ける。窓から人々が顔を出して弓を構える。
「正確に狙いをつける必要はありません。広場の中央に向けて、撃ってください!」
戦闘が行われている間に街の人々を説得して弓を与え続けていたシュウが、屋根の上に立って号令をかけた。これが平原などの平面での戦いならば、素人の弓など味方を射る危険が大きくて使えなかっただろう。だがこれは市街戦だった。建物を利用した高低差があれば、足下に矢を射らずに済む。また皮肉なことに”河賊の脅威に晒され続けてきた”河の国の民は、正規兵でなくても弓くらいならば扱えるのだ。
雑に放たれた弓矢が、中央に密集していた突撃兵達を穿つ。とはいえ所詮兵士ではなく一般の人々が放った矢だ、三分の一も命中しなかった。それでも充分な成果だった。不慣れな手つきで次の矢をつがえる。矢が放たれる。場の均衡は既に崩れていた。「これまでか」とア・クロが小さく呟いた。
「全員、俺に続け」
ア・クロは港までの道を引き返す。
「はぁ!? なんでてめえなぞに」
指揮官であるハリグモではない声での命令に不服を唱える声があがったが「死にたいのか?」と叫び返される。三の矢が飛来して傍の地面に刺さる。突撃兵達は渋々とア・クロに従う。騎兵がア・クロの前に立ち塞がるが、ア・クロはタンガンでさえも単独で打倒して見せた勇者だ。疾走していない、突撃衝力のない騎兵などものの数ではなかった。
跳躍と同時に騎兵の胸を槍でぶち抜いた。騎兵が馬から転げ落ちる。絶命。
逃走を始めた突撃兵の背中に騎兵達が遅いかかる。そこへ、真っ白な壁が立ち上がった。
「!」
槍や剣で壁を切り払うと簡単に壁が崩れる。『塩』の魔法によって作られたその壁に大した強度はなかったものの、突然目の前に現れた壁に馬が驚いて隊列が崩れる。港に向けて突撃兵達が殺到する。乗りつけたときのままの船に乗り込む。
「深追いはしなくていいです」
シュウが言う。人の悪い笑みを浮かべる。
「火矢の用意を」
五隻の大型船が錨を上げて出て行く。
「船尾を狙ってください」
兵が弓を構える。火矢を放つ。火矢は船尾に当たり、爆発を起こしてその底部に穴を開けた。シュウが人を使ってどさくさの間に糊で張り付けていた火薬に当たったのだ。
海の上では逃げ場などない。状況の打開さえできない。これで詰み。
「沈め」
シュウはおもしろくもなさそうに呟いた。
船が浸水して浮力を失っていく。二隻の船はそのまま沈んでいった。が、残りの三隻は、爆発で空いた穴を白い粉が塞いでそのまま北の方へ進路をとっていく。
「……終わったの?」
塩の魔法の使い手が効果範囲から離れて、左半身の自由を取り戻したライがやってきて尋ねた。泣き腫らした顔をしたユーリーンもとぼとぼと力のない歩き方で港にやってくる。
シュウは「いいえ」と言って、ライを振り返った。そしておもむろに片手をあげた。
ライの背後で騎兵が槍を振り上げた。
「これでようやく終わりです」
シュウが微笑んだ。
ライの背中を槍が貫いた。
ユーリーンが絶叫した。