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死ノ国  作者: 月島 真昼
四章
73/110

イ・シュウ=アズ=ゼン 4

 

 キリクが狭い路地を選んで逃げる。物陰で怯えていた子供に出会う。その首を掻き切る。

 この女殺人鬼にとって、障害物が多く隠れる場所に事欠かない市街戦はお手の物だった。死刑を間逃れる代わりに従軍しろと言われた時にはどうなることかと思ったが、こういった殺しができるならば、この取引は自分に得しかなかったと思う。キリクは建物の壁面を利用して三角飛びで空中を舞う。狭い路地に突っ込んできた騎兵の、さらに上方からこめかみに短刀を突きこむ。ぐらりと騎兵の身体が揺れる。絶命。馬と死体が邪魔で、さらに後ろに控える騎兵達は狭い路地に入ってくることができない。キリクが背を見せて遁走する。騎兵達はやむを得ずに迂回してキリクを追うが、狭い路地を縫うようにして逃げるキリクの姿を捉えることができない。

 不意に頭上から笛の音が響いた。見上げると、高い建物の上から兵が彼女を見下ろしていた。舌打ちしてキリクが行先を変える。お仲間とすれ違った。互いに嗜虐的な笑みを浮かべる。こんな殺しができるならばずっと従軍していてもいい。相手の方もそんな風に思っているらしかった。

 キリクが狭い路地から顔を出すと敵の騎兵が彼女のお仲間をいままさに殺しているところだった。間抜けめ、捕まったのか。半ば嘲笑いながら、道を変える。段々と街の中央部に寄っていている。別の路地を使ってさらに逃げる。ばったりと出会った間抜けな一般人を殺す。血の味を舐める。キリクは刃物が肉に食い込む感触が好きだった。血の味が好きだった。人を殺すのが好きだった。「ふふっ」頬が緩むのを堪えることができなかった。

 悲鳴があがるのを聞きつけて敵の騎兵がやってくる。

 だがやはり狭い路地を縫って動くキリクを追い切ることができない。

 なぜこの期に及んで馬を捨てないのだろう?

 と、キリクはようやくそのことに思い至る。もっとも敵が歩兵であっても自分が捕まるとは到底思えないが。少なくとも路地を縫って動く自分を追うことくらいはできるはずだ。

 そう思って路地を抜けたキリクの前に広がっていたのは。


 大勢の「お仲間」達が街の中央にあたる広場に、一か所に集められている光景だった。


「なっ。はぁ?! あんたたち、どうしてっ」

 キリクは思わず叫ぶ。

 自分たちはばらばらに逃げた。ばらばらに戦い、ばらばらに殺していたはずだ。それがなぜ、こんなところで一塊になっているのか。

「知るかよ、笛から逃げて、騎兵から逃げてるうちにこうなってたんだよ!」

 男が言った。

 キリクはいま通ってきた路地を見る。すでにその奥の通りは騎兵に固められている。この路地はもう使えない。戦慄が背筋を駆け上ってくる。

 キリクは逃げやすいように逃げてきた。他のやつらも同じだろう。てんでばらばらに、だけど逃げやすい道筋を見つけては逃げて殺してを繰り返してきた。

 けれど、その逃げやすい道というやつが意図的に作られたものなら?

 キリク達はその道を「選んだ」つもりだったけれど、「選ばされていた」のだとしたら。

 馬を捨てなかったのは無理をして路地を追う必要がなかったから。むしろ機動力を使って追い込むことが必要だった。そうして集められたこの場所ではいったいなにが起こるのか?

「——ライさん、お願いします」

 シュウが言った。「うん」ライが石造りの建物に手を突いた。それが溶けて泥へと変わる。

 答えは明白だった。

 魔法による圧殺。

 大量の泥がキリク達をめがけて押し寄せてくる。人間を埋葬するのに十分なその泥は、————キリク達の目の前で、白い粉を噴いて止まった。すべての水分を失って、泥からただの土へと戻る。

「!!?」

 魔法の術者らしき、少年が驚いているのが映る。判断の早いやつらが少年に向けて襲い掛かり、傍らの背の高い少女に切り倒されていた。どうやらあの少年が意図して魔法を止めていたわけではないらしい。

「塩の魔法」

 キリクの背後でぽつりと、真っ白な髪の女が呟いた。




 『塩』の魔法の能力はごく単純で、それでいて他の魔法にはない強力なものだ。

 “魔法の無力化”

 シンはこの魔法を発見した時に、これは大陸に蔓延るあらゆる魔法に対しての切り札となるのではないかと考えた。試しにローゲンの爪の魔法に対して使わせてみると、ローゲンの“爪”は造作もなく脆い塩へと変わってへし折れた。スゥリーンの蹴の魔法に対して使わせてみると、その足は塩の結晶に覆われて満足に動かなくなった。

 タンガンが自重に耐え切れずに砕け散った。

 サンロウが白い彫像と化した。

 だがヤツマタの、半分ほどを塩に変えたところで魔法の術者の体力に限界がやってきた。

 シンは少しだけ落胆した。ヤツマタを塩へと変えきれないということは、雷河での『水』の魔法に対抗できるほどの魔法ではないのだろう。ユ・メイに対して切るべきではない手札らしかった。

 では誰に対して、この札を切る?

 アゼルにもユ・メイやヤツマタと同じ結果になるはずだ。

 そのほかで有力な魔法使い。

「……ライ、か」

 ユ・メイと違い、ライは武器を持って戦えるわけではない。

 魔法に偏重した能力の持ち主だ。

 ライから魔法を奪い取れば、攻略は実に容易になる。主力として動かすのは、ハリグモ=ヤグ。魔法の無力化できるのであれば、単純な武力であれに敵うものはそうはいまい。

 一方でシンは「興ざめ」だなと少しだけ思う。このライの殺し方を好ましくは思えなかった。自分かライのどちらかが死ぬときは、もっと劇的であってほしいと思う。

 どちらが倒れるのであれど。

「そんなの考えなくてもさ、わたしの力を使えばいいよ」

 ココノビが小首を傾げてシンを覗き込む。

 シンは失笑した。

「なにがおかしいの?」

「いいや、おまえの自慢の能力が泥人形にまで通じるかどうか、試してみるといい」



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